当時、勤務していた会社では五歳ごとに連続五日間の連続休暇を取得できるライフサイクル休暇という制度があり、土・日を使えば九連休を取ることができた。二〇〇八年一月、五十五歳、最後のライフサイクル休暇の旅先に選んだのは、将来の海外生活の最有力候補地、マレーシアであった。将来、住む時の下見と将来の仕事のアイデアを探る目的で、クアラルンプールを中心に、第二の都市で家族とも旅行したことのあるペナン島、第三の…
[連載]最高のセカンドライフは海外転職で
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エッセイ『最高のセカンドライフは海外転職で』【第4回】宮永 保文
セカンドライフは海外で送りたい。だが、就職方法は分からず、人脈も皆無。―そんな時、図書館で目に留まったのは…
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エッセイ『最高のセカンドライフは海外転職で』【第3回】宮永 保文
海外勤務希望を申告し続けるがずっと国内営業。自力での海外移住を考え始め55歳でTOEIC870点!
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エッセイ『最高のセカンドライフは海外転職で』【第2回】宮永 保文
初めて見る光景であるのになぜか懐かしく感じたマレーシアの漁村。その後、私はある一冊の本に出合い…
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エッセイ『最高のセカンドライフは海外転職で』【新連載】宮永 保文
早期退職した後は…インドネシアに転職!?初めてジャカルタに足を踏み入れた「私」を待ち受けていたものとは…。