約束のアンブレラ

二〇〇三年の年末。猛烈な雨が、差しているビニール傘を氷のように叩きつけている。静岡県藤市にある藤山を局地的な大雨が襲っていた。

静岡県警の鳥谷(とりたに)は手に持っていた新聞を口でくわえると、慌ててしゃがみ込んだ。泥でぬかるんだ足元に、大量の水が靴を侵食する感覚が襲った。

「こんな雨の中、こんなところにいたら風邪をひいてしまう。ここは危険な場所だ。お嬢さん、名前は?」

少女はずぶ濡れのままその場に仁王立ちしていた。まるで何かを待っているかのように、ただ茫然と佇んでいた。

鳥谷は心配そうな顔をして、ポケットからハンカチを取り出すと少女の顔を拭いた。ずぶ濡れの前髪で表情はほとんど見えない。

背丈は小学三年生くらいだろうか、赤いコートを着て荷物は何も持っていない。どう考えても不自然だ。鳥谷は短い髪を掻き上げ、足元についた泥を手で掴んだ。

「しずく」

そう少女は今にも消えそうな声で言った。別に少女の声が小さかったわけではない。周囲が雨と風の音で騒音と化しているからである。

鳥谷は、一瞬なんのことかと思ったが、それが少女の名前だと理解するのに時間はかからなかった。鳥谷は濡れた顔を擦りながら、真っ白な息を吐いた。

「雫ちゃん、いい名前だ。親御さんはどこにいるのかな? ここへは藤市からも車で三十分以上かかる。近くに民家も少ない、まさか一人で来たわけじゃないよね。もし迷ってしまったのなら力になる。ご両親の連絡先か何かわかるかな、住所でも構わない」