【前回の記事を読む】「お身内にご病人がいるのですか?」初対面の若者が聞いてきた。確かに妻が3年ほど前から体を弱らせていて…

第一章 いずれあやめかかきつばた

「失礼します」

太平が石動の竿に手をかけて、ひょいっと立てると浮子がふわりと太平の手に飛び込んだ。その鈎先の四角い物を外して口に放り込む。

「んぐ? まったくいけません。ええ、まったくおいしくありません。それに固すぎます」

「うむ」

鯉の餌ならこれが一番ですと、店主が笹包みを出してきた。一つ八文のそれを、二つほど持っていけば充分ですと言われた。二つで十六文、店でうどんが食べられる。中は芋だと言う(まだジャガ芋はないので、芋と言えば薩摩芋となる)。ふかした芋に色々と工夫をしてあると言われたが、芋は芋だ。

その前に買った竿が六十文。最初に推められた竿は六百文もした。「大鯉を釣るんなら、これくらいやないと」と言われたが断った。大鯉など釣る気はない。要るのは肝だけだ。 仕掛け三つと道糸で八十文。浮子は釣りの要(かなめ)と思えたので百文を奮発した。すでに二百八十文、上等の宿に一泊できる値だ。魚屋に鯉を売っていれば、何匹買えるか見当もつかない。

帰り際に会った棒手振りは、芋三本を二文で売っていた。十六文が二文ですんだ。二本と三分の一は、その日の夕と今朝のお菜(かず)となり、残りは今、石動の足元に置いてある。

「これ、茹でましたね。ええ、ふかしてないからほぐれません」

太平が責めるように石動を睨んでいた。

「あー、うむ」

石動には茹でるとふかすの違いが分からない。だがそれを言えば、目の前の仔犬のような顔の若者が、さらにきゃんきゃんと吠え立ててきそうだった。

「これではこの辺りの鯉は釣れません。ええ、私とご隠居さんのおかげで舌が肥えてますから。ご隠居さん、釣りはお下手ですけど団子作りはお上手なんです。ええ、私とどっこいどっこいです。はい、これをお使いください」

太平が道具袋の中から割り子を一つ取り出した。蓋を開けると、中には金団のようなものがぎっしりと詰まっていた。それを竹箆(べら)で一匙をすくって石動の顔の前に出す。

「できたてのほやほやです。さ、どうぞ」

「さ、魚の餌であろう」