【前回の記事を読む】最後に「おいしい」と言ってくれた……生姜湯を飲み干した直後、彼女の体は「くたん」と崩れ、意識を失った
第一章 鯛のしゃくり釣り
三
それで帰りが遅くなった。
「今日も釣れましたか。この分では鯉がいなくなってしまうのではないですか?」
百合が冗談めかして石動に聞く。
「うむ。わしもそう思って聞いてみた」
秀次がまじまじと石動の顔を見て、冗談ではないと分かると、腕を組んで考え込んだ。
「うーん、魚や人なんてえもんは無尽蔵だと思ってましたぜ。確かに考えてみりゃ、この城下の人間だって数は決まってる。毎日一人、二人を釣り上げて、時には網でも使って五人、十人と獲って行きゃあ、いつかは誰もいなくなるって寸法だ。面白えや石動さん。堀溜の鯉の、最後の一匹まで釣り上げてくだせえや」
「うむ」
この先も毎日釣れるとは思えない。実際、ご隠居が釣るところは一度も見ていない。
それに最後の一匹のはるか前に、鯉を釣る必要がなくなる。そんな予感もある。
「石動さん、鯉の身は全部うちで使わせて欲しいんでさ。そのかし、海老でも鯛でも代わりは出しやす」
鯉こくの評判が上々なのだ。こんな田舎料理、と馬鹿にしていた旅籠の主人たちも、「秀さん、毎日頼むわ」と手の平を返した。
「あた棒よ。毎日毎日のお上品に飽き飽きしてたところに田舎の御馳走(ごっつお)のお出ましだ。嬉しくて座り小便ってなもんだ。あ、すいやせん」
目の前の石動は、いつも通りに無表情で座っている。石動は無礼討ちはしない。そうは分かっているが、時折にぎろりとやられると、すいっと金玉が縮み上がる。
「うむ」
石動に必要なのは生き肝だけだから、他がどうなろうとどうでもいい。
「ついては、こいつを」
秀次が五合の酒徳利を石動の前に置いた。石動と太平のおかげで商売の売りができた。