桶狭間の戦い、秘策中の秘策
◆天文3年(1534年)〜永禄3年(1560年)頃
儂は、草履取りの雑用係から日頃の忠義と実績が認められ武士の足軽に取り立てられた後、桶狭間の合戦に於いては、足軽組頭として出陣していたな。
その頃の信長様との会話を想い出すとこんな秘話があったわ。
「殿、桶狭間の戦ですが、拙者も組頭として参加しておりました。勝てる相手とは思えないほど兵の差がありもうした。
確か今川勢1万2000に対し織田勢はわずか3000あまり。どうして勝てたのか、未だにわかりません。戦場で必死に走り回り戦っていましたが」
不思議がる藤吉郎に信長が言い放った。
「おう、そのことか、簡単なことだ。戦う前からすでに勝算はあったのだ」
「えっ、戦う前からですか? それはなぜですか?」
「今川義元に通じる間者(かんじゃ)が織田方におったのよ。奴を利用したのだ」
「あのことですか? 噂は知っていました。確か織田家中の裏切り者を成敗した事件があったとか。今川義元に内通した家臣の嫌疑で殿が直々にご成敗した噂を覚えています。ですが、詳細までは知りません」
藤吉郎はそう言うと信長の説明を促した。
「それは、こういうことがあったのよ。ある日、儂は隠密から報告を受けたのじゃ。
『信長様、駿河に密告する間者が判明しました。国境いの戸部豊政(とべとよまさ)なるものです。今川義元に密告している証拠を押さえました。いかがなさいますか? ご指示を』と言うから、
『何、誠か?』と儂は激昂したが、
『捨て置け、儂に良い考えがある。尾張の三蹟を呼べ。話はそれからじゃ』と言ったのじゃ」
不敵な笑みを浮かべ、信長は全容を話した。