【前回の記事を読む】応仁の乱以降、嫌になるほど戦が続いている。酷い百姓になると戦には強奪目的で参加し、襲撃された家々や敵方の屍から…
草履取り士官の訳
「田畑は荒れ果て稲などできる状態にはありません。肥料やモミ種も少ない中、百姓の平均寿命は15歳にも及びません。
想い人ができ、伴侶ができ子を成しても、上納する米はあれど家族が食す米はないのが実情。時には芋の茎や葉を食べ栄養失調にもなります。
乳飲み児を抱えた母御は、満足に母乳も出ない有様で乳児は栄養失調。お武家様のように18歳の成人に至るは至難の業です。
本百性は、食べていける。水飲み百姓も食べていける。家の跡を継ぐ長男は食べていける。
しかし、次男以降は田畑も貰えず田分けはしない土地柄ゆえ、我が身は自らで切り取るしか生きる術はないのです。
しかも儂の家は、先ほど述べたように貧しく困窮していました。そんな那古屋にいても夢も希望もありません。それで私は放浪の旅をし生駒屋敷に辿り着いたのです。
そんなとき、尾張の大殿が亡くなり信長様が葬儀で見せた奇怪な出で立ちに振る舞いや鳴海での三の山赤塚の合戦の噂話を耳にしました。その頃からでございます」
ここまで藤吉郎は熱を込め一気に信長に伝えた。