静かに目を閉じて聞いていた信長は吐露した。

「あの合戦か……笠寺あたりだったの。あの頃は儂も毎日朝から夜まで働き詰めで相当に大変な頃だった。身内の裏切りもあり誰も信用できぬ状態だった。

あの戦は、父の長年の恩を忘れた謀反人への仕返しの戦だった。天文21年(1552年)4月だったか? 

儂は19歳。鳴海城主山口教継(のりつぐ)の息子教吉(のりよし)は、父が亡くなった途端、今川に寝返りよった。

駿河勢を尾張に手引きしたのだ。鳴海城は、付け城の役目もある重要な拠点だ。

今川にとっても嫌な城の一つ。お主、猿は16歳ぐらいの頃かの?」と信長は聞いた。

「はっ、左様です。19歳の信長様は、その合戦の後、見事に不義不忠の山口親子を調略で成敗されました。その噂は、あちこちで持ち切りでした」

「それだけか? それで儂の草履取りに志願したというわけか?」

信長はまだ信用していないようだ。

「滅相もございません。殿の過去の慣習を打破する性格、独創的な発想、これは誰にも真似できません。

御父君の葬儀での振る舞いや領国内の視察、あれは全て敵陣と我領土の地の利を知るための作戦とお察ししました」

藤吉郎はさらに続ける。

「槍の長さを長尺にしたこと、鉄砲をどこよりも早く装備したこと、馬の騎馬戦から防御する堅固な鹿垣(ししがき)(柵)を2重3重にしたこと。

あれは馬の進軍を止めます。過去の固定観念だけでは、この戦乱の世を生き残れません。神社仏閣に拝むだけでは、神も仏も救ってくれません。

安寧な世に変えることができるのは、信長様しかおりません。その想いで私は殿に士官し、本日に至っています。

そして必ずや目的を実現させるお方と心得てございます」

「ほほう、そうか、そこまで買ってくれていたのか? しかし、上手く言うものだな……。

そうか、あの合戦も知っていたか。葬儀の抹香投げの噂までのう。笑えぬ事実だが、そこまで巷には話が流れていたのか」

信長は、感心して心情を吐露した。