「そうよ、我が領内の平安の三蹟と呼ばれる、筆に自信のある者を呼び寄せた。
さらに裏切り者〝戸部豊政(とべとよまさ)〟の内通を利用するため、奴の手紙を領内から大量に集めさせた。
そして奴の文字の書き癖、形を徹底して模写させたのだ。誰が見ても、奴が書いた書状と同じように見えるよう模写せよ、練習せよと命じた。
彼らは、その才を活かし見事に偽の書状を作り義元を騙しよったわ」
すると信長は、書斎の片隅に設置している漆や金箔であしらわれた、秋草蒔絵歌書箪笥(あきくさまきえかしょだんす)の引き出しから書状をいくつか掴んで藤吉郎の面前に広げて並べてみせた。
「そちだけに見せてやろう。きっと驚くぞ。これを見て笑いが止まらぬぞ」
書簡を何通か並べた信長は、にんまりしながら藤吉郎に聞いた。
「藤吉郎、猿、この書状、どれが奴が書いた本物で、どれが三蹟に書かせた偽物だか判別できるか? 因みに、手がかりをくれてやろう。これが草の者が集めた本物の書状じゃ」
と信長は一通の書状を見せた。
「信長様、猿めを試されておるのですな? 困った、お殿様じゃ」
藤吉郎はおどけてみせながら、信長の手にあった本物の書状と畳の上の書状を見比べた。
「いや、筆の覚えがない私には、全くどれが本物で偽物かわかりません。
すべてが本物に見えるし、すべてが偽物にも見えます」
次回更新は3月3日(火)、19時の予定です。
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