【前回記事を読む】大塩平八郎は切腹した。「わしらは捨て石や。お主ら若者は……しかと、見届けよ」

鼠たちのカクメイ

ひとり残った意義は全ての準備が整ったことに安堵の息をつく。そしてたった今自分がしたことを振り返る。

おかしなものだな。俺は戦場にあっても敵は斬れなかったし撃てなかった。俺を殺そうとした小僧もだ。なのに、最も敬愛する人や親愛なる者の首は平気で刎ねたんだからな。

そのことを考えるとまた例の霧が頭の中に噴き出してきて、いつもの闇へと俺を追いやる。意義は思う。

死の恐怖に勝てるのは生への恐怖ではないかと。カイは俺の事を真面目過ぎると言っていたな。ある種の人間にとってこの現世はひたすら息苦しい。出口のない闇。自分はようやくそこから抜け出せる。

意義の目の前には黒い火薬が山と盛られ、十間(5メートル)ほどの導火線がつながり大きな輪をつくっている。

手元の七輪には種火となる炭と導火線の一端。意義は赤々とした炭をとってそこに押し付けた。点火。時を刻むように導火線の火花は一旦遠のき、折り返して近づいてきた。正座をして目を閉じた。

(紅蓮、か)

父が見たという相良城炎上。そして大坂の空を染め上げた炎。それらがいま導火線を這っている。

意義は、かっと目を見開いた。

「死よ。俺を受け入れよ!」

掌いっぱいに爆薬を掬い上げ、口の中に入れた。意義を死へと導く小さな紅蓮が火薬の山にたどり着いた。衝撃が全身を襲う。

灼熱も感じた。轟音が耳を貫いた。だがそれらを意識する頃には、彼の顔は吹き飛んでいた。

(くっそう。やはり、やりおった!)