【前回記事を読む】「かあさま。おなかすきまちたあ」――まだ3歳のひとり息子が、隣の牢で泣きじゃくっている。犬ころのように首に縄を掛けられ…

鼠たちのカクメイ

その日は天保八年五月一日と記録されている。場所は平八郎と格之助がひと月程潜伏していた美吉屋の離れである。

カイを別室に控えさせて、意義は主人の五郎兵衛に以前平八郎と示し合わせた計画の内容を話した。これには五郎兵衛の協力が必要だったからだ。

「ほうですか。先生はそこまで。なら門弟のわては従うほかおまへんな」

快くではなかろうが、五郎兵衛は了解したようだった。

「せやけど、ひとつだけ問題がおます。今の婿殿に、介錯は無理やないかと」

格之助の身に何かあったようだ。五郎兵衛によると、まだ三つになったばかりの弓太郎が捕らわれ入牢した、と聞いた時からおかしくなったと言う――格之助はしばし呆然としていたが、やがて大笑いしたかと思ったら今度は熊のように吠えた。

「あんたのせいや! 弓坊に何かあったら、俺はあんたを斬る!」

五郎兵衛の見ている前で格之助は刀を抜いて平八郎に襲いかかったのだ。すんでのところで、平八郎が刀をよけ養子の足を払った。

「格! 静まれ。しっかりせい!」

一喝され我に返ったのか、格之助はその場にうつ伏せたまま泣き出した。

「父上。俺は自分の命やったらいつでも差し出しますわ。けど弓之助は、俺の宝や。あんたは、さすがの奉行も子どもにまでは手を出さん、言うてたやないか」と、地団太を踏んだのだ――という。

「そのとき限りの事やったら、そらしゃあないと思いました。しやけど、その後も先生が寝てるときに、思い出したように首を絞めたりするそうですわ」

格之助の気がふれた。意義は信じることができなかった。

(まさか。実の父子以上に仲の良かったふたりだぞ)