【前回記事を読む】「大塩平八郎には、三百人いたぜ」反逆者の言葉と銃声が旧き武士の秩序を揺るがした
鼠たちのカクメイ
結
「一部始終は聞いておる。大塩はさすがよの。己の死すらも武器に替えた、ということであろう?」
カイは平八郎の言葉を思い出す…武器を過信すな。ただの道具や…そうだ。本当の武器は別のところにある。腰に差した小刀にそっと触れる。
「先生だけじゃないぜ。あの叛乱で散った命は全部武器だ。ただ、先生ほど有名じゃないってだけさ」
土井がその意味を理解したかどうかはわからない。ただ彼もまた、懐かしむような寂しがるような表情を浮かべた。
「大塩の目的は救民であったな。お主の大御所暗殺もそれか?」
「ああ、そこは違うな。正直オイラは人助けなんて考えたこともねえよ。ただよ。先生が今際に言ったんだ。時代を見届けろ、ってよ」
「時代?」
大塩は「歴史」と言わず「時代」と言ったのか。歴史は誰かが決めつけた過去。時代とは「今」や「未来」を含んだ時の流れ。
「侍はとかく天命ってのを持ち出すよな。あの大御所のじっちゃんは何十年も天命に生かされて、あともう少しは長生きしたのかもな。じゃあそいつを革(あらた)めてみたらどうなるか、見届けたくなったんだよ。さあ、時代よ。こっから先はどうする気だ?ってな」
何ともはや。師匠と言い弟子と言い、イカれた思想に捉われておる。大バカ者ども。だが、魅力的ではある。
「小僧。ぬしや大塩の話、もう少し聞いてみたいとも思う。ただわしはいかんせん耳も頭もオトナになっておる。未来より今、なんじゃ」
「ああ、やっぱそうか。残念」
「故にここを通すことはできぬ。御政道を捻じ曲げる愚挙は、江戸城内に封殺するのみ!」
つまりここでオイラを八つ裂きにして、今日起きたことは幕府ぐるみで隠蔽しようってことだよな。オイラは無名のまま、生まれてすら来なかったかのようにここで消える。そこに不満はない。だが。
「おっちゃん。だからオイラにゃ、まだやることが残ってんだって」
田沼意義の遺品を左手に構えた。田沼のおっさん、格さん、先生、死んでったみんな。
(やろうぜ、カクメイ)
しがらみ。慣習。理不尽な制度。形骸化した伝統。歴史。運命……すべてのものに反逆するその男は、鐙で愛馬の腹を蹴って数十に連なる軍勢に向け駆け出した。