意義とカイが引き戸を開けて中へ入ると、畳の上に、正座し切腹の準備をしている平八郎と、柱に縛りつけられている格之助の姿があった。意義はすべてを察して土間に座ったが、カイはその異様な光景に立ち尽くしたまま動けなかった。
「おお、意義。間に合うてくれたか」
平八郎が明るく言い、その明るさが意義の胸を締め付ける。
「お聞き及びかと思いますが、例の建議書はやはり水野忠邦の手で握りつぶされた模様です。一方私が兄に渡したものも、城中の噂にも上っておりません。恐らくはわが兄・意留は事の重大さに変心したものと思われます」
意義はその場に膝をついて土下座した。
「力足らずで、お詫びの仕様もございません」
しばらく沈黙があったが、平八郎が取り繕うように言った。
「ええんや。あれはあくまで保険やった。すべての責任はこのわしにある。わしは間違うてた。跡部や鴻池屋なんぞを、的にしてはあかんかったんや」
カイも意義も言葉を失う。平八郎が遠くを見る虚ろな目をしていたからだ。
「狙うべきは、てっぺんやった……一生の不覚」
「田沼殿。私の戦術も間違うておりましたわ」
あとを引き継ぐように格之助が続ける。どうやら今日は格之助が荒れることはなさそうだ。意義は柱に繋いだ縄を解いてやる。
「二百年も前の木筒で幕府と張り合おうなど、暴挙どころか滑稽ですわな」
人が変わったように気弱な大塩父子に、カイは複雑な面持ちだ。
「先生。オイラは納得できねえよ」
「カイか。お主には何も教えられんかったな。ただただ、みっともない武士の姿をさらしただけや。すまんなあ」