【前回記事を読む】切腹の場に集う運命の者たち――天保八年、大塩平八郎と田沼意義、そして格之助の悲劇と絆の終焉に向かう一日

鼠たちのカクメイ

「焙烙(爆薬)が床下にある」

平八郎は独り言のように呟いた。

「承知つかつりました」

意義もまた風のように返す。

「お主には最後まで世話をかけるな」

「水臭いですよ。先生」

意義はつとめて微笑んだ。

「参る」

平八郎が小刀を腹に突き立てる。そしてやはり彼も心中を吐き出した。

「カイ!」

最期に自分の名を呼んだ? なぜ? カイは呆然と、しかししっかりと師の言葉を聞き漏らさぬよう全神経を集中させた。

「わしらは捨て石や。お主ら若者は……しかと、見届けよ」

「……? なにを?」

「……時代」

意義は万感の思いで介錯した。

捕り方たちが大挙して美吉屋宅に向かっている。大塩父子の潜伏場所を突き止めた、と大坂城玉造口の与力宛てに通報があった。無論通報したのは美吉屋ゆかりの者だ。平八郎が奉行所ではなく城代を選んだのは、一戦交えて土井利位なら派手に動くと踏んだからだ。

捕縛の指揮を執るのは土井の所領である古河藩の家老・鷹見泉石だった。手勢は百名以上だが、それでも油断はできない。相手は大坂を火の海にした叛乱軍の首領である。武器もまだ隠し持っている危険性大だ。

美吉屋の店前に到着した。鷹見は店主を呼んで尋問しようとした。返答次第では連行する気だったが、染物屋はもぬけの殻で店主はおろか丁稚ひとりいる気配がない。

(妙だ。これは罠かもしれぬ)