「やる、やらないはおまえの勝手だ。だが、先生の思いは胸にしまっておけ」
言い放つ意義にカイは駄々をこねる。
「一人じゃやだよ、一緒にやろうよ」
「一緒にやるんだ。みんなでな」
突き放すようにそう言って、平八郎の首が入った甕を見る。それから意義は、いつかカイに貸してやった小刀と『田沼意留兄』と表書きされた書状を渡した。
「カイ。いつかおまえにも見せたかった場所がある。相良藩という俺の故郷だ。そこに行けば、俺の兄がおまえに手を貸してくれるはずだ。さあ、行け」
もう何を言っても無駄だ、と悟った。カイは泣きべそをかきながら、甕を括り付けた背負子を担いだ。小刀は腰に差し、書状は懐に入れた。外に出る。表は一分の隙もなく捕り方に囲まれていた。抜け道はひとつしかない。カイは裏木戸から雑木林へと脱出した。
(やっぱ、侍ってなあ大馬鹿野郎だ。クソ、クソ、クソ)
後ろを見るな、と自分に言い聞かせながらカイは走った。
次回更新は7月12日(土)、11時の予定です。