【前回記事を読む】市井では「大塩生存説」なるものが流布していた。その背景には大塩一党への同情と幕府への反感が根深くあった

鼠たちのカクメイ

美吉屋を離脱した後のカイは、意義の言いつけ通り遠江相良藩の陣屋に向かった。もちろん最初は門番に咎められ、中に入れてはもらえなかった。何度か日参したあと門番に意義の小刀と文を預け「藩主様に見てほしい」と言伝て宿の名を告げておいた。それから数日して、使いの者が宿を訪れカイを駕籠に乗せた。

意義の実兄で幕閣の一人でもある意留との面会。意留の正面に置かれた遺品の脇差の柄には、田沼家の家紋である七耀星が刻まれている。さらに文には兄弟でしか知り得ないことが書いてあった。おそらく意義は意識的にそうしたはずだ。そのことが意留に、どこの馬の骨とも知れぬ若造との対面を決心させた。

「その方が、意義の最期を看取ってくれたのか?」

「はい。その場に居合わせました」

馬の骨を観察してみる。不思議な少年だった。出自は武士ではなかろう。侍には幼少から染みついた姿勢がある。髷の結い方もどこか不自然だ。だが、凛々しさも漂っている。戦を潜り抜けたかのような強靭さも垣間見える。 

「お主は文を読んだか?」

「いえ。オイラは下々の身分ですが、礼儀は教えてもらいました」

大塩平八郎に、と言いかけたがやめた。

「ここに、その方のことを親身に扱うよう書かれておる」

ああ、おっさん。有難迷惑だぜ。なんて答えりゃいいんだよ。

「勿体ないことです。弟君、意義殿は……」

生前の意義を語ろうとした時だった。意留は文を丸めて傍らの火鉢にくべ始めた。

「ちょ、な、何してんだよ!」

愕然と、そして憮然とした。

「田沼家の歴史に残すわけにはいかんのでな」

「歴史?」

「とんだ犬死にだ。まして反逆に手を染めるなど、末代の恥」

「い、犬死に? 恥?」

「せめてもの救いは、勘当しておいたことか」

あれ以来条件反射になっているのか、火を見るとカイの腹から何かが沸き上がる。