【前回記事を読む】「死よ、俺を受け入れよ!」――自ら火薬を飲み込み散った意義の最期を見て、もう後戻りはできないとカイは覚悟を決めた
鼠たちのカクメイ
結
「ふむ。今日は何を言っても引かぬ覚悟か。ならば余も、首座殿に面白いものを見せてしんぜようかのう。かような紙屑ではなく、な」
家斉は「国家之儀ニ付申上候」と表書きされた書状を、忠邦の前に放り投げた。
「こ、これは」
見た筆跡、見た表書き。
「大塩平八郎の告発文であろう。そこにお主の弟をはじめ、老中どもがやらかした失態の数々が事細かに書かれておる。おお、そうそう。お主も確か違法な無尽をしていたらしいのう。ま、余はどうでもよいがな」
「しかし、これは」
「余には見せたくなかった、始末したはずのものよの。だが建議書は、実はもう一枚あってな。この田沼意留が気を利かせてとっておったわ」
忠邦は、うしろに控える男を盗み見た。こやつは確か雁の間詰めのはず。幕閣の一員ではあるが席次は五位か六位。だが家斉は側近政治。覚えさえめでたければ重用される。此度は私の頭越しにご機嫌伺いをしたというわけか。
家斉が立ち上がり、御簾を出た。臣下が歩み寄ることはご法度だが、いまは先代将軍の方から忠邦に近づき、見下しながらねめ回している。
「これを見て余は考えを変えた。これはおちおち隠居なぞできぬとな。将軍職は家慶に譲ろう。だが今後もこの家斉が、大御所として目を光らせてもらう。改革とかいう茶番は、余が死んでからに致せ!」
扇子でいたぶりながら、一喝した。もはやされるがままだった。五十年もの間権力の座にありながら、まだ物足りぬのか――忠邦は得体の知れぬものに翻弄された。
「水野忠邦。返答や如何に?」
敗北感に身を震わせながら、ようやく「御意」という言葉を絞り出した。