【前回の記事を読む】歴史書の作成に従事することになった藤原不比等。しかし作業は遅々として進まなかった……

序章

しかし、彼の強い責任感が仕事を再開させた。ゆっくりと手前の巻子本を手に取った。

あっという間にのめり込む。しばらくは無表情に読んでいたが、突然に顔が歪んだ。

(なんだ。この残酷かつ低俗な内容は!)

拳でこめかみを押した。持病の頭痛が一気に悪化した。縄で頭を締め付けられているようだ。

それは武烈天皇(ぶれつてんのう)の巻であった。

第二十五代天皇。小泊瀬稚鷦鷯天皇(おはつせのわかさざきのすめらみこと)。

「武烈(ぶれつ)」は諡号(しごう)である。諡号とは生前の行いを称え、死後に与えられる名のこと。

(在位年数も短く、特にめだった逸話もない天皇であったはずだ。確か、この天皇で天照大神(あまてらすおおみかみ)様からの直系の血筋が途絶えたのだ。

それにしても、諡号が武烈だと? ひどく乱暴で天皇に相応しくない。なぜにこのような諡号を贈ったのだろうか。

さらには、この逸話。天皇の行いとはとても思えぬ)

棚から書を数巻、取り出した。机に乱雑に置いた巻子本を床に下ろし、持ってきた物を机上に広げた。渋い顔をしながら読み始める。途中で、その一部を紙に書き移したり、指折り数えたりもした。

半刻ほどののち、ようやく顔を上げた。目を固く閉じ、眉間を指で押さえた。

不意に立ち上がり、武烈の書を手にして部屋を出た。