【前回の記事を読む】「この話は本当に史実か?」短命に終わったある天皇をめぐる記述に不比等が疑念を抱く。その天皇の名は――
序章
不比等はその場を離れるふりをして、廊下で聞き耳を立てていたのだ。
哀れな男たちは腰の力が抜け、尻餅をついた。不比等はスーッと部屋に入ってきた。ピシャリと戸を閉める音が響いた。
男たちは一斉に頭を下げた。狼に睨まれた小動物のようだった。震えながら相手の出方を待った。
「何を書き加えたのだ?」
怒鳴らない不比等も恐ろしい。強い威圧を受ける。
「も、申し訳ございませんでした!」
五人は間髪入れずに懺悔した。
「す、少し、話を大袈裟に書いたところもございます。あのぉ、読み手の興味を引けるようにと考えまして……」
「歴史書に脚色などはいらぬ。事実だけを書けばいいのだ」
彼らに返す言葉はなかった。
不比等は手にしていた巻子本の紐を解いた。書は机の上でコロコロと転がり、武烈の物語が机上に広がった。
「えっ、あ、あの……」
困惑する書き手たちの前にドスンと腰をおろし、声高に書を読みはじめた。
「“小泊瀬稚鷦鷯天皇(おはつせのわかさざきのすめらみこと)は、仁賢天皇の皇太子である。母を春日大娘皇后(かすがのおおいらつめのきさき)という。仁賢天皇の七年に、立って皇太子となられた”
この辺、間違いはなかろう」
書き手らは戸惑いながら、頭を上下に振った。