不比等は腕を組み、小さく息を吐いた。

「わかった。では、その豊麻呂とやらに話を聞きたい。すぐに呼んでこい」

書き手の男たちは、目を丸くし、身動きを止めた。

文手は唾を飲み込んだ。

「あ、あのぉ、今日は出仕しておりませんし、我ら、豊麻呂の家も知りませんし……」

「関係ない! すぐに連れてこい!」

不比等の癇癪玉が破裂した。

男たちは一斉に、勢いよく平伏した。その光景を後にし、

「一刻も早く、私のところへ来るように。そう、伝えろ」

不比等は吐き捨てるように言って、部屋を出た。

上司は退室したが、男たちは正座をして背筋を伸ばしていた。声を出すこともできなかった。

不比等の気配が消えたように思えると、年若の男が切り出した。

「不比等様、疑っておられる」

その言葉に反応し、書き手たちは次々と話し始めた。

「どうしよう。豊麻呂が話したら、我らの所業が露見してしまう」

「と、とにかく、豊麻呂に、口裏を合わせてもらわないと」

男たちは一斉に同意した。

「しかし、不比等様は細かいところまできちんと読んでおられる。お忙しい方だから、逸話の少ない天皇の項なんて、読み流すかと思っていたのに」

「はぁ、やはり、物語を書き加えたりしない方がよかった。ふざけ過ぎたかもしれぬ」

「当たり前だ」

背中から聞こえてきた鋭い声に、五人は再び息を止めた。そして、ゆっくりと顔を動かし、声の方に視線を向けた。

バッと戸が開いた。そこには鬼の面をつけたような不比等が立っていた。

 

👉『紅の記憶 武烈と呼ばれた天皇』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】「もしもし、ある夫婦を別れさせて欲しいの」寝取っても寝取っても、奪えないのなら、と電話をかけた先は…

【注目記事】トイレから泣き声が聞こえて…ドアを開けたら、親友が裸で泣いていた。あの三人はもういなかった。服は遠くに投げ捨ててあった