眠れる森の復讐鬼
「一体どうしたんだ? 急に」
前を歩く一夏に追いつくと海智は訊ねたが、返事をしないので前に回って見ると、彼女はうつむいて震えていた。
「一夏・・・・・・」
「ここでは無理だから部屋で話す」
震える声で答えると、両腕を胸の前で交差させたまま彼女は再び歩き出した。仕方なくついていくと、右手の廊下から蒼とその後ろに続くスーツ姿の男二人が現れた。蒼はこちらを蔑むような目で一瞥したが、すぐに前を向いて「こちらです」と言って四〇三号室に入っていった。
「あれって警察じゃないか?」
海智が言うと、一夏の顔がさらに蒼褪めた。
「そんな、警察は呼ばなくて済んだって言っていたのに」
海智の病室に戻ると、一夏は疲れ果てた様子で椅子にぐったりと座り込んだ。
「一夏、一体何があったんだ?」
「バッグよ・・・・・・」
「え?」
「黒いトートバッグ。あの浴衣を入れてきたバッグがロッカーの中に置いてあったの」
「それがどうした?」
「思い出したのよ。昨夜梨杏を見た時に、彼女あの黒いバッグを右手に持っていたのよ」
「えっ・・・・・・でも、何のために? もし彼女が人工呼吸器を外したとして、バッグは必要ないだろ」
「知らないわよ。でもあのバッグを見た時に梨杏の姿がフラッシュバックしたの。それに色や形も間違いなくあのバッグだった。やっぱり幻覚なんかじゃない。あれは本当に梨杏だったのよ」
そう言うと彼女は両手で顔を覆った。