【前回の記事を読む】父親に"酷いこと”をされ、泣きながら走って行く姿を見ていた近所の人は「どうしたの?」父親は本当のことをいうはずもなく…
第一章 壊れた家族
ところが、恵理は父から襲われたなんて恥ずかしいことをとても言い出すことができなかった。本当の話はできないが、何かを話したかった。他人と話がしたい。そこで話題を関係ないことに持っていった。何でもいいのだ。気が紛れるから誰かと話がしたい。
「明後日から働くのが不安なんです」と、恵理は心にもないことを言った。
「大丈夫だよ。赤垣も手取も進学で八丈島に行くからな。小川は親元を離れないからそういう面じゃもっと心を楽にしなよ」
「はい」
恵理は話題は何だっていいのだ。
「まあ、15歳で一人だけ就職するんじゃあ不安になるよな。僕だってもし15歳で就職したらやはり不安になったと思うよ。よし、小川の不安な気持ちはよくわかった。でもな、小川。最初は不安でも、とにかく3日続けてみろ。人の心は温かいんだ。周りの人が優しく教えてくれるよ。
3日続けたら次は3か月続けてみろ。3か月働くと、それが普通のことになるから。そして3年。その頃には人間関係も仕事も慣れっこになって、どんと来いって気持ちになってるもんだよ」
恵理は、「はい」「はい」と聞き役に徹した。
「3日、3か月、3年。よく覚えとけばいいよ」
「はい。そうやってみます」
「小川はこの絶海の孤島の村にとって、村で就職して、村で結婚して子供を産むっていう貴重な子なんだよ。村長も小川のことは褒めていたよ。本当だよ」
恵理の心がいかに傷付いているのか、理由などどこ吹く風。野口は自分の語りに酔って、どんどん話してくる。話しながら(我ながらいいこと言うな)などと思っている。