序章 東京へ
カンカンカンカンカン、甲高い音をさせながら、鉄製の船の階段を駆け上がった。おろしたての赤いハイヒールを光らせながら。
「東京だ、東京だ!」
目の前に見える東京は超高層ビルが建ち並び、恐ろしいほどの立体感を漂わせている。恵理にとって本土は、中学の修学旅行以来だった。実家は捨ててきた。新しい人生の始まりだ。全身に希望がみなぎっている。そのポジティブな感覚が心地良かった。
「私は幸せを掴むためにここに来たんだ」
八丈島の底土港を、22時30分に出航した東海汽船の大型客船は恵理たちを乗せて、翌朝9時50分に東京港竹芝客船ターミナルに着いた。恵理がタラップを歩くと、カンカンカン。真新しいハイヒールの音がいやがおうにも希望の心に火を灯した。
「東京、最高!」
恵理は全てを捨てて故郷の沖ヶ島を出てきた。その割には少なめな荷物であるが、その手に持ったバッグを振り上げて大きく背伸びをした。突然の旅なのだ。この後の計画は、船中で画策したが、今夜の宿はまだ決めていない。スマホを取り出して宿泊先を検索した。なんせ、沖ヶ島という絶海の孤島で生まれ育ったので実際に歩いてみないとこの超ビッグシティ東京というやつは皆目見当も付かないのだ。
修学旅行は全て観光バスで回った。つまり、セッティングしてあるものについて行くだけだったので一人で行動することは不安だった。しかし、これからの希望が不安を上回り、恵理の心は無敵だった。
スマホ。沖ヶ島は絶海の孤島である。学校は、本土に行っても困らないように生徒にスマホは小学1年生から持つことを推奨していたため、恵理のスマホ操作は手慣れていた。慣れてはいたがこんな巨大な街では何しろイメージが湧きにくかった。そして、この大型客船は竹芝桟橋に着いた。
恵理は高鳴る鼓動に胸を搔き立てられながらついに東京の地を踏んだ。テレビで知っている東京と、実際に着いてから歩く東京とではイメージが大きくかけ離れていた。何から何まで「すごい」としか口に出なかった。竹芝桟橋を出てから最寄り駅は、ゆりかもめの竹芝駅なのだが、ゆりかもめ自体が何だかわからないのでJRの駅を検索した。そして浜松町駅まで歩くことにした。