ただし、いくら有名な山手線と京浜東北線の駅があるとはいえ、やはり恵理には浜松町でさえイメージできないでいた。鉄道というものが生まれて初めてだからだ。いくら、スマホで検索して竹芝桟橋から徒歩15分といっても西も東もわからない。スマホの経路案内を見ても不安だ。
そこで恵理は、中年の男性に声をかけた。
「すいません。浜松町駅までどう行ったらいいんですか?」
聞いてみた。旅行気分なので容易に話しかけることができた。
「ああ、僕も浜松町の駅に行くから一緒に行きましょう」
「あ~良かった」
「お嬢さん、今の船で来たの? 八丈島から?」
「あ、私、八丈島のまだ先の沖ヶ島という島から来たんです。沖ヶ島は、いったん八丈島まで行かないと直通がないんです。不便な島でしょう?」
「そうなんだ。沖ヶ島って聞いたことぐらいしかないなあ。それじゃあ東京はあまり知らないんだね」
「あまりも何も、中学の修学旅行以来だから全然わからないんです」
「それじゃあ不安だろうね。で、お嬢さんは一人で来てるの?」
「そうで~す」
「じゃ、大変だね」
「私、東京に夢を持ってきたんです」
「おお、それはいいことだ。東京でチャンス掴んじゃいなよ」
「だといいんだけど」
「おじさんも応援してるよ。そうだ、それじゃあクイズ出すね」
「なあに? おじさん突然に」
「いくよ」
「おもしろそう」
「日本の中に、お母さんが待っている都市があります。さて、何市でしょう?」
「えーっ? どこでもお母さんが待つところはあるんじゃないんですか?」
「それが、1か所だけなんだよ。さあ、何市でしょうか?」
「わかんな~い」
「はい、ブブー。時間切れです」
「やだあ」
「答えは母が待つから母待つ」
「あ~なんだ。とんちね。静岡県の浜松ね」
「はい、おじさんの勝ち」
「悔しー」
恵理は、父から受けた暴行で男性不信に陥り島を飛び出してきたのに、やはり、生まれ持った性格からだろう。他人を疑わないのである。このクイズで二人はすっかり打ち解け、話は弾んだのであっという間にJR浜松町駅に着いた。
「それじゃあ僕はここで。」
楽しいおじさんは改札口を通っていった。恵理は今夜の宿泊先はおろか、住む場所も就職先も何も決まっていない。とりあえず、本日の宿泊先を決めることにした。浜松町というのはテレビなどで羽田空港行きのモノレールが出ていることしか知らなかったが、何だか先程のおじさんの「母待つ」が頭に残っていたのでこの駅周辺のビジネスホテルを検索して決めた。
「母待つ町ね。ふふふ。」
修学旅行以来の2回目の長い船旅。ただし今回は、出発前がとんでもなく大変だったので疲れてこの日はよく眠れた。ただし、結局残してきた母親の智子のことは、ずっと心配であった。