(これが教師のあるべき姿だ。教師と生徒。生徒目線で良い方向に導くんだ)野口は絶口調だ。

「先生、気持ちの整理ができました。4月1日に元気に出勤しようと思います」

恵理は、全く見当違いの話を聞かされているが、それはそれで他人と話がしたくてたまらなかったところへ、初恋の人から熱い言葉。ありがたかった。

父から受けた性的DVで傷付いた心の痛みが薄れてきた。(先生と話ができて良かった。何だか元気付けられた。「父に襲われました」なんて絶対言えないけど、先生と話して気が紛れた)と、他のことに関心を向けることで嫌なことが一瞬でも忘れられたので我に返った。

(母が心配しているからそろそろ帰らないと)と思い、「先生の話で気持ちが楽になりました。ありがとうございました。私、仕事頑張ります」

「良かった、良かった。小川、お前に涙は似合わないぞ。頑張れ!」

「じゃ、母が心配するから帰ります」

「ああ、そうだね。じゃあ、元気な姿を見せて、お母さんを安心させてあげなさい」

「はい。ありがとう先生。さようなら」

「悩みがあったらいつでも来いよ」

野口は、この離島の少ない生徒数が故に、より濃密に生徒に接することができることのアドバンテージに満足していた。

実は野口は、恵理に男として好意を持っていた。恵理ははっきりいってかわいい顔をしている。天然だが、そこがまたかわいいと思っていた。恵理在学中は、先生と生徒の垣根はもちろん越えなかった。先生として当然の倫理観ではある。しかし卒業後、すぐに先生と生徒の関係ではなくなった。この意外な展開に心の中で微笑んだ。