それに対し、恵理は恵理で野口は初恋の人だ。ただし、今この時は、父親から襲われた直後で、愛だとか恋だとかを考えられる精神状態ではない。ただただ、真剣に話をしてくれた恩師をありがたいと思っていた。ところで今、小川家はどういう状況になっているのだろう。日が暮れたので、智子はいつものように畑仕事を終わらせて家に帰った。

そして祐一から、我が耳を疑うとんでもない話を聞くことになる。祐一は自らの悲劇の人生で孤立し、人に対する思いやりをついに失くしていた。就職した娘は生活費を家に入れてくれる「ただの便利な女」ぐらいにしか思わなくなっていたので、悪びれたところもなく智子に正直に昼間の性的DVの話をした。

「えへへ」と照れ笑いをした後、続けた。

「お母さん、俺、さっき恵理とセックスしたんだ」

智子は天地がひっくり返るほど驚き、足腰が立たなくなってその場にへたり込んだ。

「嘘でしょ!」

それだけ言うのがやっとだった。本当のことだなんて思えない。

「本当だよ」

全く罪悪感がない祐一に言葉も出ない程の圧倒的な絶望感に打ちひしがれた。

「もう終わりね」

智子は今まで夫に身も心も痛め付けられてきた。自分だけならまだ耐えられるが、まさか実の娘を手籠めにするとは、もう堪忍袋の緒が切れた。

「何が終わりなんだよ。たいしたことじゃないじゃないか」

祐一は開き直った。

 

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