「なんじゃ? これは」

家斉は呆れ声を吐いた。御簾の中では声以上に白けた表情をしているだろう。忠邦が伏したまま申し上げる。

「それがしがまとめた改革案にございます」

「ふん、また改革か。定信といい忠邦といい、知恵者面した奴は改革が好きじゃのう。で、この倹約令というのは?」

「財政悪化の折、幕府内の華美な振舞いを改め……」

「余に、ケチ臭い老後を送れと申すか?」

「格差でございます。大塩の乱も民との格差を見せねば起きなかったものと考えまする。叛乱を未然に防ぐ、ひいては徳川家の御ためにございます」

 忠臣ぶるな、と家斉は鼻を鳴らす。

「水野越前守忠邦。賂三昧で成り上がった、お主の言葉とは到底思えぬわ」

忠邦は一瞬ぴくりとしたが、怯んだ様子はない。

「誤解するでないぞ。余はお主のなりふり構わぬ野心家ぶりを買って、ここまで引き揚げてやったのだ」

嘘だ。あなたはずっと私を遠ざけていた。私を首座に抜擢したのは家慶公、あなたが物足りないと感じている息子だ――忠邦は甘言にも揺るがなかった。

次回更新は7月19日(土)、11時の予定です。

 

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