鼠たちのカクメイ
承
大塩家に着いたカイは、挨拶もそこそこに風呂に入れられた。洗心洞の塾を併設した大塩の屋敷には内風呂があった。
「長旅やったんやろ。じっくり汚れと汗を流すんやで」
平八郎の奥方(妾)である、ゆうという年配の女性がカイを風呂場に案内した。ゆうがいつまでも近くにいるので衣服を脱ぐのを躊躇っていると急かされた。
「さっさと入りや。背中流したるさかい。なんや。恥ずかしいんか? 大丈夫や。おばちゃん旦那や格之助ので慣れとるさかい、ぼんくらいのおちんちんで驚かへん」
そう言って、衣服を剥ぎ取り風呂桶に押し込まれた。カイは江戸にいる時ももっぱら行水だったし、意義との旅の途中で初めて入ったのも旅籠近くの湯屋だった。足が延ばせるような風呂桶に、ひとりで入るのは初めての快感で喜びだった。
「ん、あ、ああ」
気持ちがいい。意義に刺客の仕事だと依頼されて少しためらいもあったが、今までのところ悪いことは起きていない。
「ぼん。体洗ったげるしな」
それまで裏の釜土で火加減を調整していたゆうが、裾をめくって風呂場に入ってきた。
「いえ。自分で洗います!」
「あんた、右手使えへんやないの。ええから、おばちゃんに任しとき」
湯船から引き揚げ、背中を洗ってくれた。お節介というか、とにかくグイグイと懐に入ってくる。大坂の人間は皆こうなんだろうか? オイラはこの間まで人斬りをしていた百姓だ。なんで、ここまでしてくれるんだろう?
風呂が終ると、今度は大きな広間に案内された。そこには、既に主だった大塩家の家人たちが揃っていた。当主の大塩平八郎、その妻・ゆう、養子・格之助、その妻・みね、そしてその息子・弓太郎。弓太郎はまだ二歳の幼児だ。
「ババ、ババ。おかゆ、おいち」
などと、出汁の沁みた粥を食べさせるゆうに笑いかけている。