「おう。風呂はどやった? 疲れは癒えたか?」

格之助がまるで旅籠の番頭のように聞いてくる。

「あ、はい。あのう、背中まで……」

「座れ。食え」と、平八郎。

「金目鯛の煮つけ、鶏の焼いたん、あとお野菜を味噌で和えたのもあるで。嫌いなもんあらへんか?」と、みね。

人の話も聞かずに次々と勧めてくる人たちだ。

(カイ。先生方のご厚意だ。大塩家はいつもは質素だが、今夜は若者に腹いっぱい食わせたいと、おまえのために奥方たちが用意してくださった)

座った隣の意義がカイの耳元にささやく。さっきの風呂といい夕食といい、カイはほっこりした感情を生まれて初めて味わった。甘えてさっそく箸をとる。と、片手で食べにくそうなカイに、みねが蓮華を差し出す。

「……どうも」

脇がこそばゆいような感覚。こんなにひとに気を遣われたことなんてない。何かを隠すように、カイは食べることに集中した。美味い! そして温かい!

「カイ。お主、聞くところによれば、学問を嗜んだことはないそやな」

十分に腹を満たした頃合いで、平八郎が訊いた。

「あ、うん」

(はい、だ)と隣から意義。

「はい。字も読めないし、書けません」

「ほな、明日からわしの講義に出たらええ」

「あ、いや。だからオイラ読み書きは……」

「ええんや、耳学問や」

「大丈夫やで。父上の講義は町人や小作人も聞きに来るし、わかりやすいんや」

養子の格之助が言って微笑む。ここまでよくされたら、嫌というわけにはいかないことぐらいはカイでもわかった。

(いやホントは、短筒さえ習えりゃそれでいいんだけどな)