【前回記事を読む】大塩平八郎自ら邸に火矢を放ち退路を断つ。率いる一党二十五名が行列をなし天満橋を渡る
鼠たちのカクメイ
転
その頃大坂近隣の田畑には、農民たちが空腹を抱えしゃがみ込んでいた。彼らはこの数か月草や虫を食べて飢えを凌いでいた。そんな彼らがふと見上げると天満方向から煙が昇っている。
「あ。あれ」
大塩様の跡取りがいつか話していたことを思い出し、誰かが檄文を取り出した。
「合図や。大塩様がとうとうやらはったんや」
「確か、米を取りに来い言うてたな」
わしら百姓風情が行ったところで足手まといになるだけ、というためらいがある。だが、ここでこうしていても食い物が降ってくるわけでもない。
「みんな、行こうで」
大塩一党が難波橋を渡り北船場に向かう頃には、駆けつけた農民たちも加わり、七十名になっていた。北船場での標的は鴻池屋本店である。一党が隊列を組んだ。細筒や大筒を組み合わせた砲術隊、そしてその後方に白兵を並べるという布陣だった。隊列が整うのを確認した平八郎が、砲術隊の前に出た。
「これより戦闘態勢に入る。一同、気を引き締めよ」
平八郎は太く重い声でそう宣言してから、大店に向き直った。
「鴻池屋善右衛門! 出て参れ!」
しかし建物の中からは何の音沙汰もない。
「また居留守か? ほんなら、こっちから行くで!」
平八郎の合図で先鋒の数名が細筒を構える。砲術隊の指揮は格之助が執っている。