「目標、正面の鴻池屋本店。細筒、構えい」

この半年、表向きには百姓一揆の鎮圧に備えるという名目で塾生たちは訓練してきていた。だが、これは訓練ではないし標的は百姓ではなく悪徳豪商である。総員にピリッとした緊張が走った。

「射(て)!」

格之助の号令とともに、大店の門に向けて一斉射撃が始まった。達筆で描かれた鴻池屋の看板が蜂の巣になった。けたたましい銃声の後、反動のような静寂がしばらく広がった。ゴトン。看板が地に落ちるのをきっかけに野次馬たちから歓声が湧き上がった。

「天誅! 天誅やあ!」

間違いなく大きなことが起きる。もしかすると天下がひっくり返るような何かが……彼らは確信した。やがて鴻池屋の奥の本屋から、奉公人たちが飛び出して来た。銃撃されるとまで思っていなかった彼らは思わぬ展開に大慌てだ。しかし、飛び出してきた集団の中に善右衛門の姿はなかった。

「商人衆。よう聞け。お主らの主人・鴻池善右衛門は米を買い占めて値を吊り上げ、飢え死にする者を横目に暴利を貪る悪徳商人や」

平八郎は、出てきた奉公人たち相手に諭すように話しかけた。

「だが、お主ら奉公人は言われるがままに動いただけ。善右衛門と心中する義理もなかろう。投降してわしらのを固めよ」

この言葉に奉公人たちは、顔を見合わせおろおろするばかりだった。いつまで待っても動こうとしない彼らに業を煮やした格之助は、構わず大筒隊を最前線に引っ張り出す。

「照準、鴻池屋左の門柱!」

格之助もまた、初めての銃撃戦に興奮している。そして次は大筒を撃ってみたい、という欲求に駆られている。1615年の大坂夏の陣を最後に、この国では大きな戦は起きていない。誰も経験したことのない戦争が同じ大坂で始まろうとしている。歴史は変わるのか、いや繰り返しているだけなのか。一瞬そんな場違いな想念にとらわれた平八郎だったが、すぐにわれに帰った。