10 昼寝の時間は短く母親は90歳を過ぎると、徐々に昼寝の時間と回数が増えていきました。95歳のころはテレビを見ていてもベッドで横になり、気が付いてみると寝ていました。午前、午後、よく昼寝をしました。私は、お年寄りは昼間寝る時間が徐々に多くなり、最期は永久に寝るようになるのが自然なのかなー、と思いました。でも、寝る時間が長くなると脳の活動が減り認知症が間違いなく進むと心配しだしました。それは困る…
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第13回】石塚 武美
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第8回】残間 昭彦
まだ何も始めていませんので万策つきたわけではありません
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第12回】石塚 武美
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第11回】石塚 武美
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第6回】残間 昭彦
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第5回】残間 昭彦
不出来な子だとて捨てられる親がいますか
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親切な歯科技工士の方がいて、この粘着剤の使い方のコツを教えてくれました
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第9回】石塚 武美
歌丸、小遊三、好楽、木久扇、三平、円楽、たい平、それに山田隆夫
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第4回】残間 昭彦
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第3回】残間 昭彦
母が誰に愚痴をこぼしても「まさかぁー」と取り合う者はいなかった
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第8回】石塚 武美
番組を見ながら、いろいろ一緒に雑談をすることは頭の訓練にとてもよかった
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第7回】石塚 武美
そっと抱っこして体全体をなでていろいろ話しかけたりもしていました
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第2回】残間 昭彦
まるで家政婦になるために嫁にきたようなものである
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第6回】石塚 武美
だるまちゃんかわいい顔してるのね。口の下に『福』の字があるのが嬉しい。
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【新連載】残間 昭彦
とにかく毎日、歌ってばかりいる天真爛漫な少女
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第5回】石塚 武美
母親が気にすると思って、私はボケの花を別名の放春花と呼んでいました
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第4回】石塚 武美
本人のプライドを傷つける最悪の言葉で認知症を悪化させる
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エッセイ『嫁姑奮戦記』【最終回】大野 公子
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エッセイ『嫁姑奮戦記』【第19回】大野 公子
介護する側、される側、双方には今日に至る歴史がある