第一章 嫁姑奮戦記
私の不安は残念ながら的中したわけで、これから始まる悪夢の幕開けとなった。
病室に行くと極めて快活で元気な姑の姿があった。痛み止めでも投与してあるのだろうか、周囲の重く慌しい雰囲気の中で彼女の元気な姿はむしろ異様であった。私を見るなり、「公ちゃん、脚が動けへんけどどうしたんやろ」と言う。
「あれ、おばあちゃん覚えてへんの? 昨日の晩ベッドから落ちて脚折ったらしいんよ」と言うと「そんなはずあらへん。うち布団に寝てたで」と言う。
続いて、「あんたに起こしてもらおう思うのにおらへんがな。一体どこに行ってたん」と言う。どうやらここを家だと思っているらしい。
ヘルペスにおかされ紫色にはれあがった顔は、おかしな言動とあいまって益々異様に見える。顔やまぶたが気持ち悪いのだろう、絶えず触ろうとし、その都度駄目と怒鳴る始末だ。
すると今度は布団をはねのけ脚を動かそうと必死だ。手すりを持っては起き上がりギブスを外そうとする。
よくまあこう動くものだ。こちらはショックと疲れでぐったりしているのにと思うと、腹が立ってくる。
便器をさしこんだりおむつを当てるなど、こちらが動かす時は痛がるが、それ以外は一向に痛がる様子もない。片方の足で牽引を外そうと頑張るので、駄目だと叱るが三分もするとまた外そうとする。
その日一日は皮膚科病棟から整形外科病棟への移動やレントゲン、皮膚科の担当医の診察や整形外科の担当医の診察の説明などで忙しかった。
診断の結果は大腿部骨折で、四日後の十日に手術、約三ヶ月の入院が必要と、レントゲン写真を見ながら説明されるのを、気の遠くなる思いで聞く。
一段落して、夫に電話をすると事の次第に驚きながらも周囲を気遣ってか、そうか、とにかく帰りに寄るからと言って切るが、夫の落胆ぶりが電話の向こうから伝わって来る。
一週間の入院予定が三ヶ月、思わぬ事態の展開に我々家族のショックは大きかった。
骨折だけだったら救いもあるが錯乱による異常な言動を見ていると、何だか絶望的な気持ちになる。
今日からは当分泊まり込みになるだろう。錯乱がいつまで続くか予想も出来ないが、一両日中に治るとは思えない。絶えず額を触り点滴の手を動かすので目が離せない。
揚句の果てに、「何でこんなとこに居るの。はよ帰ろ。ベッドから起こして」と言う。
骨折しているから無理と言っても聞いていないのか、理解出来ないのか、忘れるのか三分ともたない。
夕方になると妄想は一層きつくなる。夫が勤めの帰り立ち寄ると、お帰りと陽気に言う。夫に状態を話す。夫は仕事が忙しいうえにややこしい問題を抱え、最近気分が落ち込み気味だ。この事態が追い討ちをかけなければよいが。
姑一人が陽気に勝手なことを喋り、揚句には天井にパンが並んでいるなど言い出す。
またか。夫も私も、八年前の病院脱走騒動を思い出し、出るはため息ばかり。