いよいよ式典の当日、東武新鹿沼駅で降りて、駅の人に鹿沼高校への行き方を聞いて歩 いて10分ちょっとで着きました。とても大きな立派な高校でした。正面入り口の玄関で女子高校生が出迎えてくれて待合室に案内してくれました。そこで鹿沼を代表する和菓子とおいしいお茶をいただきました。しばらくして式典の会場に学生に案内していただき来賓の石塚武美と名札がついたところに着席しました。温かい気持ちで準備されているこ…
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第14回】石塚 武美
認知症の母の代わりに「鹿沼高校」へ足を運んだあの日
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第13回】石塚 武美
5000円なんてけちけちしないで私の通帳からおろして
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第8回】残間 昭彦
まだ何も始めていませんので万策つきたわけではありません
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第7回】残間 昭彦
何とかして生きようとするのが人間じゃないか。
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第12回】石塚 武美
「こんなところで役立った」認知症の母にマッサージを続けたら
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第11回】石塚 武美
「食べること」が、認知症ケアに効果的だといえるワケ
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第6回】残間 昭彦
母は今、その意志を貫き決心を固めようとしている
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第5回】残間 昭彦
不出来な子だとて捨てられる親がいますか
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第10回】石塚 武美
親切な歯科技工士の方がいて、この粘着剤の使い方のコツを教えてくれました
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第9回】石塚 武美
歌丸、小遊三、好楽、木久扇、三平、円楽、たい平、それに山田隆夫
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第4回】残間 昭彦
人は何年も前から少しずつ死ぬ準備をはじめる
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第3回】残間 昭彦
母が誰に愚痴をこぼしても「まさかぁー」と取り合う者はいなかった
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第8回】石塚 武美
番組を見ながら、いろいろ一緒に雑談をすることは頭の訓練にとてもよかった
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第7回】石塚 武美
そっと抱っこして体全体をなでていろいろ話しかけたりもしていました
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【第2回】残間 昭彦
まるで家政婦になるために嫁にきたようなものである
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第6回】石塚 武美
だるまちゃんかわいい顔してるのね。口の下に『福』の字があるのが嬉しい。
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エッセイ『ありがとうをもう一度』【新連載】残間 昭彦
とにかく毎日、歌ってばかりいる天真爛漫な少女
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第5回】石塚 武美
母親が気にすると思って、私はボケの花を別名の放春花と呼んでいました
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エッセイ『認知症の母を支えて 103歳を元気に迎えるまでの工夫』【第4回】石塚 武美
本人のプライドを傷つける最悪の言葉で認知症を悪化させる
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エッセイ『嫁姑奮戦記』【最終回】大野 公子
介護する者はされるほうの生き方まで背負い込まなければならない