第一章 青天霹靂 あと377日

二〇一六年

二月二十四日(水)晴

母の食が進むようにと、好物の海苔の佃煮を持ってきてみた。

するとどうだろう、茶碗粥(がゆ)の八割ほども食べ、私を喜ばせた。でも、おかずは半分ほども残してしまいトホホである。

最近、増澤さんのお母上が母と同じテーブルで食べるようになった。もう一〇四歳の高齢なのでお喋りは出来ないけれど、愛想の良い増澤さんが来た時と帰る時に手を振ってくれるのが嬉しく、母も振り返すのを楽しみにしている。

食事のあと、増澤さんが部屋に来てくれ、童謡唱歌のCDやカセットテープを山ほど貸してくれた。由紀さおりと安田祥子の歌や色々。また少しずつ聴く楽しみが増えた。

二月二十六日(金)晴

桃苺(ももいちご)という高級なイチゴをネット通販で買ってきた。味は当然イチゴなのだが、香りは桃の如き……。東京のデパートで買えば一パック一万円もする逸品らしい。

「それをいくらで買ったと思う……。形が悪いとかちょっと小さいっていうだけで、七百八十円……」

母は目を丸くして「えー」と感嘆。

言語リハビリが終わるやいなや、「いちご、いちご」と、子供のように催促。そして先ずは「アキ、食べれ」と、私に勧めるのもいつものこと。私が美味そうに食べるのを見るのが何よりのご馳走なのだ。

「たしかに旨いは旨いけど、これを一万円で食う気にはなれないな……。物の値段ってのは不思議なもんだね……」

母も頷きながらムシャムシャ……。

「消灯だから帰るね……」と、立ち上がる私に、「帰るって、お前いったい何処に帰るの」と、妙な事を母が言った。「何処ったて、自分の家に帰るに決まってるじゃないか……」

もしかすると、ここをどこかの旅館か何かと勘違いでもしているのだろうか。私と一緒に旅行に来ていると思っているなら幸せで良いのだろうけれど、こうしていつか……。