第一章 青天霹靂 あと377日
二〇一六年
三月二十五日(金)晴
母の好物はフルーツで、とりわけイチゴが大好きだ。けれど、近頃はそれを食べるのさえ難儀なようで気の毒である。飲み込む力が落ちてきているのだ。
それで今日は、つぶしたイチゴにコンデンスミルクをかけてみた。すると、喉の通りがいいらしく、以前のように大食漢の母が戻ってきた。
イチゴがなくなると、テーブルのミルクチューブを母が指差した。スプーンにとって口に入れてあげると、子供のようにペロペロ、そして催促。
食事があまり摂れなくなった分、フルーツでも菓子でも、母が口を開けさえすれば何だって食べさせてあげよう。そうでなければ、病気の前に栄養失調でまいってしまう。
三月二十六日(土)
高瀬医師より、定例の検査報告である。
「先ず、腹部リンパ節の状態は先月より更に小さくなっているのが見て取れます。このような経緯から推察すると、やはり、腺ガンと(奈良井総合病院で)言われた当初の診断そのものが疑わしく思われるほど落ち着いています」
つまりは誤診であったのやも……というほどのニュアンスであったが、母の死後、再度、奈良井総合病院の高杉医師を訪ねたところ、「“定位脳手術”などの然るべき検査に基づくものではないが、染色結果からは腺ガンに見られるべき形が認められ、それは99%黒であった……」との見解を聞かされた。
要は、不思議であろうと奇跡であろうとも、とにかく母はガンに勝ったのだ……。