第一章 青天霹靂 あと377日

二〇一六年

三月十九日(土)晴

近ごろの母を見ていると、大好きな歌を聴くのも疲労感につながってしまうのではと思う事がある。日本語の歌詞が耳に入れば、自動的に脳で言葉を解析しようとするだろうから、歌詞のないインストゥルメンタルやヒーリングミュージックのようなものなら良いのかもしれない……。

思惑は当たり、どうやら母の表情も少し穏やかになったような気がする。悲しいかな……しばらく懐メロはお休みするしかないようだ。

近所に住む絵描きの先生、大島画伯が見舞いに来てくれた。大島氏は、私が安曇野へ来る切っ掛けを作ってくれた人であり、母も何かと頼りにしている。

「何か食べたい物あるかい……」
「ドジョウ……、ドジョウが食べたい」
「ドジョウは今なかなか手に入らねぇからなぁ、おらも食いてえけど、めったに口に出来ねえぜ。他にはねぇか……。そうだ、ウナギはどうだい」
「ウナギは食べたくない」
「そうかい、それじゃ、今度くるまでに食いたいもん考えておいてくれや……。そうだ、それよりお母さんよー、次ん時、絵かかせてくれや。モデルたのみてぇだよ……。