第一章 嫁姑奮戦記
やはり元通りの後日談
退院した当日、早速騒動が持ち上がった。帰宅したらすぐお金が欲しい、お金がないと寂しいわと言うので預かっていたお金を全て渡す。姑は若い時から八十前まで商売をしていたから、現金がないと寂しいらしい。
姑のクリーニングを取りに行って、帰って来て代金を請求すると、お金なんてあらへんでと言う。「行く前に渡したやないの」と言うと、そんなもん知らんと言うではないか。また例の癖でどこかに隠したのだろう。放っておくことにする。
しばらくして下の姑の部屋に行くと、畳に座り込んでタンスや押入れを引っかき回している。「そんな座り込んだら脚痛いでしょう。何しているの」と聞くと、「財布がないねん、盗られたんやろか」と言う。「鍵閉めて行ったのにそれはないわ。どこかにしまって忘れたんでしょう」と軽くあしらうが、本人は目の色変えて不自由な脚を引きずりながら捜している。手伝わないわけにはいかない。
布団の間、タンスの引き出しの下、服のポケットと、どこを探しても見つからない。「どうせ家の中、そのうち出てくるわ」と私は用事があるので切り上げるが、姑はなおも捜している。そのうち帰って来た夫や娘まで加わり大捜索となる。
夕飯もそっちのけだ。捜索は部屋を出て台所、トイレ、浴室、冷蔵庫、袋戸棚、食器棚、物入れと物が入りそうな所は徹底的に調べるがない。当夜は打ち切り、姑の記憶が戻るのを期待する。早々これかとうんざり。
財布をそのまま渡したことを後悔するが、あとのまつり。そういえば、入院早々隠した財布が十日ほどして部屋を替わった際、ややこしい所から出て来たと看護婦さんからお聞きした。
翌日は姑を娘に頼み金属製のゴミ入れを探しに行く。昨日うっかり仏壇にマッチを置き忘れ、それを使ったらしく、ゴミ入れのビニールが溶け、底が焦げていたので放っておけなかったのだ。こうなると、やめていた煙草の復活も時間の問題だ。
なにせ隣が煙草屋だから。この日は近所の方が何人か来て、姑の話し相手をしてくださる。入院中といい退院後といい近所の方々の親切は身にしみてありがたい。付き合いが嫌いな姑も、この時ばかりは嬉しかったに違いない。
煙草を吸わなくなったせいか、いただいたお菓子などもぺロリと平らげる。以前にはなかったことだ。
夕飯の後また財布のことを思い出したのか、あちこち引っかき回している。昨日捜してなかったのに同じ所にあるわけないと思ったが。またまた昨晩同様隠せるはずのない所まで捜すがない。全く時間の浪費もいいところだ。もう付き合いかねると引き上げたら、あった! と娘の大声。
今まで何度となく捜した流しの下の収納棚の、たこ焼き器を包んであるビニールの袋の中から姑が探し出したのだ。これでは分からないはずだ。おそらく、姑ははっと思い出したのだろう。
それからもお金が欲しいと言うので小額ずつ渡しているが、相変わらず毎日のように捜し回っている。することないから暇潰しにさせとけと夫は言う。思わず笑ってしまった。
私の一日はおむつ捜し、下着その他の衣類、タオル捜しに始まる。着ていた物をあちこちに突っ込むからだ。おむつや下着がゴミ箱に捨ててあったり、トイレに突っ込んであったりするので、油断ならない。
生活習慣の違いで、以前は目をつむっていたことも、私が世話している以上放ってはおけない。おむつに「そと」と赤いマジックで書くのも忘れてはならないことだ。外側のビニール面を当てて「気色悪い、こんなおむつせえへん」と駄々をこねることが度々あったので。
しかし、最近外すことが多くなった。ひと月に一回の検診もクリアし、胃は二ヶ月に一回、整形外科も三ヶ月後の十二月の診察となる。退院二ヶ月目にしてついに煙草に手を出す。ベッドの下にあるのを掃除の時発見。
せっかく止めたのにまた始めるの? と言うと、拾ったと言う。それから何度か拾ったと言っては持っている。
八十六にもなって今更止めなくてもとは思うのだが、吸い方に問題がある。手に持ったまま家の中を歩き回り、絶対に灰皿は使わない。
あちこちに吸いかけを置き、テレビは溶け家具は焦げ、布団、網戸、畳、床は穴だらけ。危険このうえない。
長年店で吸っていた癖が抜けきれないのだろうが。二ヶ月の入院でやっとこの恐怖から解放され、やれやれと思っていた矢先のこれである。
せめて灰皿さえ使ってくれたらと思うのだが。今日はついに煙草を吸いながら家の中をうろうろしているのに出くわした。一応注意して渡してもらう。今後どうしたら良いのだろう。