第一章 嫁姑奮戦記

おばあちゃんの心のつぶやき

退院後、何から何まで嫁の世話にならんといかんのは辛いというか窮屈で仕方がない。これまでは何やら言うても聞き流していたが、この頃は肝心なことまで忘れてしまうので自分でもあきれる。

それでも嫁は辛抱強く毎日言う。うちやったら放っとくけどな。

うちはおかまいなしのほうやから、汚れ物でも何でも押し入れやタンスに放りこむ。これがうち流のやり方なんやから放っておいたらいいのに。押し入れやタンスが汚れ臭くなるのが嫌なんやそうな。ひとのタンスや放っといてくれ。

一番辛いのは大好きな買物に行けんようになったこと。手押し車は恰好悪いし重いし、今まで使っていたようなショッピングカーが欲しいと言ったら無理だと言われる。

「そんなはずないわ。今までなんぼでも行けてたんやから買うて来て」と言うが、「そんならお隣で借りて来てあげるからそれで歩いてみて」とショッピングカーを借りて来てくれる。

引っ張って歩くが、どうも脚が痛くて市場どころかすぐ近くでも駄目だ。「ほれ、見てごらん。納得した?」と言う。「この次は歩ける」と、うちにも意地がある。

近所の人もやってきて、せっかく良い手押し車があるのにこのほうがうんと楽やよと口々に言う。あんなかさ高い車誰が使うかいな。第一恰好悪いがな。

それから度々ショッピングカーを買うてくれと頼んだが、その都度隣のを借りて来て歩けたら買うと言う。しかし思うように歩けないのだから情けない。

そのうち嫁も根負けして一緒に買いに行こうと市場に行きかけるが、三分の一もいかんうちに歩くけんようになる。そのうち歩いてみせるわ。

勝手気ままが出来んのも辛い。うちはおやつでも食べたい時に食べたいだけ食べる主義やのに、嫁ときたらおやつは午前と午後一回ずつ持ってくる。

窮屈や。食事前におやつを食べると、なるべく食べんといてと、うるさい。孫たちもこううるさくては可哀想や。孫たちが小さい時、おやつやりすぎてよう文句言われた。

それと、火が使えんようになったのも不便や。何度も鍋を焦がしているので、危ないと言ってガスコンロもなくなっている。電子レンジや電気ポットは性に合わん。

毎日シャワー浴びさしてくれるし、その都度洗いたての着替えを用意してくれる。毎日着替えるのもったいないと前のを着ようとすると叱られる。

ああ窮屈、窮屈。はよ自分で好きなようにしたい。

外に出ると隣が煙草屋や。長いこと辛抱してたけど、とうとう買うてしもた。うっかりテーブルの上に一本だけ置いていたら上から下りて来た嫁に見つかってしもた。

「あら、また吸い出すの。せっかく止めたのに」と、がっかりした声で言うので、「いや表に出たら家の前に落ちてたんや」と言うと、そう、そんなら捨てようねと言ってゴミ箱に捨ててしまう。箱はベッドの下に隠してあったので安心していたら、掃除の時見つけて持って行ったらしい。

晩方、息子が、「おかん、煙草拾ったらしいな。また吸い出すとあかんから俺もらっとくわ」と例の煙草の箱を見せて言う。噓ばれたんやろか。それからなんべんも見つかる。その都度拾ったと言うが、嫁は信用していない様子。

「そんな度々煙草って落ちてるもん?」と嫌味を言う。「そんなに吸いたいのやったら、どうしたら良いかお父さんと相談してみるから待って」とか言う。

そんな大層なもんかいな。今まで一回でも火事出したことあるか、と口まで出かかったが、言うと以前のことまで持ち出してくどくど言うに決まっている。

ほんまにうるさい嫁や。うちは元々誰にでもああせいこうせい言われるの嫌いや。黙って自分のしたいようにする。

誰がなんと言おうと自分の思う通りにしかせえへんのや。そのうち、向こうが諦めるわ。

確かに部屋のあちこち焼け焦げだらけや。網戸かて溶けて穴がなんぼもあいとる。煙草吸うときは灰皿の前で吸って、と灰皿あちこちに置かれたけど、癖って治らんもんや。

この前トイレで吸っていたら二階から嫁が飛んで来て「おばあちゃん、下で何か燃えてへん?」と言う。「なんもないよ」と言うとそう、と引き上げたが何でそんなに臭うのやろ。

そういえば、何か焦がすと、すぐ上から飛んで来ていた。「この家は階段が煙突と一緒なんやから、私たちを蒸し焼きにせんといてな」と言われたことがある。はよ自分で何でも出来るようになりたいわあ。窮屈でかなわん。