「はじめは警戒したんです。祖父の知り合いだと言われても、祖父からあの人の名前なんて聞いた覚えはありませんでしたし、身寄りのない子どもをターゲットにした新手の詐欺師なのかと思ったくらいです。ほら、児童養護施設にいる子どもを甘い言葉で誘惑してゆっくり時間をかけて信頼させて洗脳して、最終的に風俗や暴力団関係に堕とすって話、よく聞くじゃないですか」
後日、有給を取った葵は大学の敷地内にある食堂の中でもひと目につきにくい奥隅のスペースで若菜と面会を果たした。
景浦が命を差し出して書き換えられた世界では、火事で祖父母を亡くした若菜は身寄りがいないため高校を卒業するまで児童養護施設で暮らしていたらしい。無論、長期の入院を経験しており、皮膚移植等の手術を何度か行ったそうだ。
本来なら死んでいてもおかしくなかった若菜の回復力に医療関係者は舌を巻いたそうだが、そこに死神という人智を超えたものが関わっているなど、誰ひとりとして信じなかっただろう。
「それなのにどうして課長と会ってもいいとお考えになられたのですか? 部下の私が言うのもなんですけど、あの人ちょっと胡散臭いところもありますし……」
「すぐに会ったわけじゃないんです。当時の私は自分の姿を他人に見せたくなかったので極力、人とは会いませんでしたし、そもそも引きこもりがちになっていましたから」
「引きこもり、ですか」
「えぇ。外に出るのも嫌で、先生やクラスメイトが会いに来ても全て断っていましたから。この気持ち、葵さんも女性だから分かっていただけると思うのですが……」
「それは……はい、もちろん」
そう。命が助かったからといってハッピーエンドに繋がるとは限らない。病気や事故に後遺症はつきものだ。今回の事例は火事による火傷。それも、体の広範囲にⅡ度からⅢ度という重傷。医療の進歩した現代でも火傷跡を目立たなくすることは出来るが元通りの肌を取り戻すことは実質不可能だ。
それはつまり、死ぬまで自分の体と付き合い続けるということ。焼けただれ、ケロイド状になった皮膚と。
目の前で対峙している若菜は真冬だということもあるが長袖長ズボンで室内でも手袋を着用している。
次回更新は6月6日(土)、11時の予定です。
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