【前回記事を読む】私には耐えられない。死んだほうが楽かもしれない…火事で家族を失い天涯孤独。そのうえ体の広範囲が焼けただれ、ケロイド状になった肌……

Case:B 元・医者の選択

「でもあの人だけは何度断られても、門前払いを食らっても、時には警察を呼ばれそうになってもめげずに私の元を訪れたんです。

『一度だけで良い。話がしたい。良三さんからキミに言伝を預かっているから』と言って」

「言伝、ですか」

「えぇ。私も知らなかったのですが、あの人は祖父が入院していた時、同じ病室にいていつの間にか仲良くなったらしいんです。退院後も年に何度か会ったり、手紙のやり取りもあったみたいで」

当然ながらこの話はでっち上げだ。

「祖父は私のことを自慢の孫だ、ワシとはデキが違うだなんだと尾ひれをつけながら話してたとか」

そう言うと若菜は少し恥ずかしそうに俯いた。だがどことなく嬉しそうで、その証拠というわけではないが頰にえくぼが浮かんでいた。

「それであの人を信用した、というわけではないのですが、一度くらいなら会ってみてもいいかなって。火事が起きて半年以上も経っていましたし、火傷を負ってから一度も学校に通えていなかったので進路のことを考えないといけない時期になっていましたから。

結局、出席日数の問題だけはどうしようもなくて内申点も低くならざるを得ませんでしたし、全日制の高校へ進学することは諦めましたけどね」

「そうだったんですか……」

事前に課長から聞いた話によれば、若菜は通信制の高校に通いながら治療を続けていたらしい。火傷治療、とりわけ皮膚移植や植皮は一度では終わらないから仕方ないとのことだ。全日制と比べるとどうしてもハンデを抱えてのスタート。そこから大学への進学、ましてや医学部となると想像を遥かに超える苦労と努力があったに違いない。

「あの、課長と会った時の第一印象ってどんな感じでした?」

「んー……お父さんみたいな人だなぁって思いましたね」

「お父さん?」

「はい。あ、私の父に似てるという意味ではなくて、こう……年頃の娘との距離感を掴みかねているような不器用な父親って感じで、そのおかげでちょっと親近感が湧いたくらいです」

「あー……それちょっと分かります」

「葵さんがそうおっしゃるんだから、あの人を信用した十年前の私の判断は間違ってなかったってことですね」

そう言って朗らかな笑みを浮かべる若菜からは火事で身内を亡くし、深い傷を負った少女の面影など見受けられなかった。本当に、全て幻だったかのように。

(私が彼女の立場だったらこんな風に笑えたかな……。いや、無理だ。私なら耐えられない。ましてや逆境を跳ね除けて医者になるなんて……)

だからこうして笑っている彼女の笑顔は葵には少しばかり眩しく、悪いことなどしていないのに罪悪感が湧いて俯いてしまう。