すると腕時計が目に入り、会ってからそれなりの時間が経っていることに気が付いた。

若菜だって暇ではない。今日だってわざわざ昼休みに時間を作ってくれたのだ。訊きたいことがあるのなら早く〝本題〟に入らなければ。

そう思って頭を上げた葵の視線は若菜の両手に吸い寄せられてしまった。彼女はいつのまにか手袋を外していた。当然、その下に隠されていた皮膚が露わになる。

「酷い手でしょう? こんなのでも相当マシになったほうなのですが今の医学ではこれが限界みたいなんです」

若菜の手指はまだらに赤黒く変色していた。ある部位は皮膚が引っ張られて違和感のあるシワが出来てしまっている。

気付けば葵は反射的に自分の手をテーブルの下に隠していた。水仕事などによる手荒れとは無縁な綺麗な手が、どういうわけかひどく恥ずかしく感じられる。

「体も似たようなものです。ほら」

惜しげもなく上着の襟をめくって肩や鎖骨を見せる若菜。その豪胆さに葵のほうが恥ずかしくなり、こんなところを人に見られたらかなわないと周囲をキョロキョロと見渡す始末だった。

「あ、ごめんなさい。治療の時にお医者さんや看護師さんに何度も見られて慣れてるので感覚が麻痺しちゃってるみたい」

「い、いえ、そんな……謝らないでください。でもいいんですか? だってほら、周りの目とか……」

「あぁ、平気ですよ。私のことを知ってる人ばかりですから」

「えっ」

「おかしいと思われるかもしれませんが、あとから打ち明けてショックを受けられたり変に気を使われるほうがよっぽど嫌なんですよ。事情も知らない他人に可哀想だと思われるのって今の私にとって屈辱でしかないですし。今、葵さんも私のことを可哀想だと思いましたね?」

葵の心など容易く読めるとでもいうように若菜は断定した。図星だったので誤魔化すのもどうかと思った葵が取れる行動は、おずおずと頷くことくらいだ。

年代が近いとはいえ年下の彼女からは一種の威厳のようなものを感じる。ごく一般的な生涯を送ってきた人からは決して醸し出せない何かを。

それは個人的は価値観からくるものなのか、死神を通じて第三者から命を貰った人特有のものなのか、葵には分からなかった。

次回更新は6月13日(土)、11時の予定です。

 

👉『差出人は知れず』連載記事一覧はこちら

【イチオシ記事】目を閉じると、柔らかくて温かいキス…膝が折れそうになった私を彼が支えてくれて「ずっと、こうしたかった」と囁かれ…

【注目記事】彼が舌を滑りこませる直前に離れた。もの足りなさそうな嘆息を漏らす彼。そして今度は私のほうから唇を下ろしていった…

 

ゴールドライフオンラインは、表現者を応援するウェブメディアです。
生身の人間が紡ぐリアルな言葉だからこそ、読者の心を揺さぶる力があると確信しています。
あなたも、"表現者"になってみませんか?
ゴールドライフオンライン編集部:glo_henshu@gentosha.co.jp