プロローグ 二〇一九年
初めは虫の知らせなのかと思った。朝起きると目元が濡れていることが増えたから。流した量が多くて枕を濡らしていることもあったくらい。
私が涙を流すのは決まって夢を見たあとのことだ。でも肝心の夢の内容を覚えていない。ただ、悪夢でないことは断言できる。おばあちゃん家の縁側でウトウトしていたら、知らない間に飼い猫が寄り添ってお昼寝をしている、みたいな温かさがあるから。
だから今日も気持ち晴れやかに身支度ができた。髪を整えてお気に入りのピアスを付け、「よし」と鏡に向かって口角を上げる。
ネバーランドが子どもしかいないように、いつかこの夢も見なくなるのかもしれない。そんな日が来ることを私はちょっぴり恐れている。
「また例の夢を見たんだって?」
お昼休みにコーヒーを淹れていると話しかけてくる課長はもうじき二十四歳になる私の二倍も生きてるおじさんだけど、リアクション含めて若く見える不思議な人だ。
「誰から聞いたんですか?」
「加藤さん」
「あいつめぇ……。本当に口が軽いんだから」
噂や都市伝説が好きな同期にはお仕置きが必要みたい。
「じゃあその話は本当なんだな」
「えぇ。今日も起きた時に目元が濡れていて……」
「頻度が増えてないか?」
「そうなんですよね。以前は週に一度程度でしたけど、最近は倍ぐらいに増えてます。そういえば、ちょうど課長がウチの部署に来てからですよ。この夢を見る機会が増えたの」
「何かの前兆だったりしてな」
「課長はこういう経験ありませんか?」
「……いや、ないな」
「そうですか……」
「まぁそう深く考えるな。よかったらその話、また聞かせてくれ」
そう言うと課長は昼イチの会議へ向かった。
「なんなんだろうなぁ、この夢」