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葵がオフィスに戻ると隣のデスクでサンドイッチをチマチマと食べている加藤が熱心にスマホを眺めていた。
「どしたの? 目、悪くなるよ」
「ねー葵ー。アンタこれどう思う?」
言いながら加藤がスマホの画面を見せてくる。どれどれと覗いてみると都市伝説をまとめたサイトのようで『死神』という物騒な単語が見えた。
「えーっと……人の命を奪うだけでなくその人が存在した痕跡や生きた証すら奪い去ってしまう死神? なんじゃそりゃ」
「なんか気になってねー。ついつい読み込んじゃった」
「漫画の読みすぎ。もう昼休憩終わるよ」
「でも気にならない? ほら見てよ。その死神に遭遇したら大切な記憶か命のどちらかを奪われるんだって」
大切な記憶。その単語に葵は反応した。
「お? やっぱり興味ある?」
「い、いや、そういうわけじゃ……。ってかおかしくない? 命を奪われるんならどうやって噂が広まるのよ。証言しようがないじゃん」
「言われてみれば……」
「でしょ? ただのホラ話だって」
「でもさでもさ、葵言ってたじゃん。どうしても思い出せないことがあるって。案外もう記憶を奪われてたりして。今朝も例の夢、見たんでしょ」
「あんまり人に言いふらさないでよー? ほら、昼休憩終わるよ」
「あーちょっと待って。今日の占いまだ見てないから」
「今日って、もうお昼なんですけど……」
「固いこと言わない。運勢次第で午後からのモチベに関わるんだもん。葵は何月何日生まれだっけ?」
「十二月二十二日だけど?」
「ふむふむ。おー! 今年中に運命的な人と再会できるでしょう、だって。元カレとのヨリを戻せる的な!?」
「うそくさー……」
話題を切り上げてパソコンのスリープモードを解く。しかし葵はこのあとの仕事に全く身が入らず、定時になっても予定分を消化できていなかったので残業する羽目になった。
「じゃあねー葵。キリのいいトコで帰りなよー」
「はいはい。お疲れ様ー」
次々と帰っていく同僚たち。本当は葵も帰ったって構わないのだがどうもそんな気になれず、気が付いた時にはオフィスに同僚たちの人影がなかった。クリスマスが近いこともあって家族や恋人と過ごす者が多いのだろう。
今年で二十四歳になる葵はもう長いあいだ浮ついた関係の相手がいない。すると見かねた課長が近づいて「もうその辺にしたらどうだ」と肩に手を置いた。
「そんな切羽詰まってやる仕事でもないだろ」
「課長……」
「それともアレか。死神の都市伝説が気になるのか」
「……どうしてそれを?」
驚き振り向く葵に対し、課長は「キミでもそういうことに興味があるんだな」と、いつも通りの柔和な眼差しを送るばかり。親子ほど年が離れていることもあるが、対処が子どもに対するそれで葵は少しムッとなった。
次回更新は11月22日(土)、11時の予定です。