【前回記事を読む】「あなたが死ねば奥様は助かるのですよ」自分の命を差し出してでも、妻の命を——その思いが「死神」を引き寄せて…

Case: A 夫の選択

「私を信じるか信じないかはあなた次第です。どんな結果になろうと私はあなたの意思を尊重しますが、ここで私を信じなければ後悔するのはあなたです」

東の背中に言葉をぶつける課長。それはどこか挑発するような口ぶりだった。

「俺が、だと?」

「えぇ。これから先あなたが死ぬまでずっと。あのとき信じていれば、せめて話を聞くだけでも聞いていれば、とね。お葬式の時に、四十九日の時に、一周忌、三回忌の時にも。

いえ、そんな節目の時だけとは限りません。奥様がいないから仕方なく台所へ立って慣れない料理をしている時。涼介くんと二人で食事をとっている時。部屋にホコリや洗濯物が溜まっているのを見て、掃除機はどこだったかと探している時。涼介くんの授業参観に出席して周囲の母親を見た時。他にもありま――」

「やめてくれ!」

突然叫んだ東が頭を抱えた。かと思うと力なく背中を壁に預け、そのままズルズルとくずおれてしまい、最終的には体育座りのような姿勢となる。スローモーションのように見えたその動きはあまりにも痛々しく、葵は思わず目を逸らした。

「頼むから、やめてくれ……。なんでそんな先のことまで考えないといけないんだ。夢なら早く醒めてくれ……」

「これは現実です。涼子さんはアクセルとブレーキを踏み間違えた老人の車に轢かれました。とはいえ今すぐに命の灯火が消えるかというとそうではありません。そもそも一刻を争う重篤な状態であれば病室で一人きりなんてことはあり得ませんから」