その言葉に東の顔が持ち上げられた。救いを求める子羊と神様の図だ。
「ただし、意識が戻る可能性は限りなく低いとだけ言っておきます。あなたと二度と会話できない可能性も考慮しておいてください」
「課長、そんな言い方しなくても……」
葵はここで口を挟んだことを後悔はしていない。失敗だとも思ってない。課長の口ぶりはいくらなんでも人を馬鹿にしすぎだ。妻を失うかもしれない人に掛ける言葉じゃない。しかし肝心の東が――
「いや、いいんだ……。それは俺だって分かってる」
――と、諦めていた。
「すまない……。少し一人にしてくれ」
そう言ってよろよろと立ち上がった東は、軽くお酒でも飲んだのではないと思うほど怪しい足取りで休憩室を去っていった。あとに残されたのは葵と課長、そして忘れ去られた東の缶コーヒーだけだった。
「東さん、放っておいていいんですか?」
「あぁ、構わない」
「でも……」
「心配しなくていい。彼はきっと〝俺〟を頼ることになる」
「……」
「まだ私のことが信じられないか?」
「そりゃあ、まぁ、はい……」
「だったら実際にその目で見てみるといい」
「見るってどうやって……」
「付いてこい」
言うが早いか課長はほの暗い廊下へと歩みを進めた。その先には涼子の病室がある。葵は正直言って憂鬱だった。
「来ないのか? 俺はそれでも構わないが」
「……行きます。行きますよ。行けばいいんでしょ」
東は病室の前で立ち尽くしていた。中に入る様子はなく、かといって去ることもせずに、ずっと。その姿を認めた葵は数瞬のあいだ足を止めたのだが、課長は意に介さず、それどころか邪魔者がいなくてこれ幸いとばかりに歩みを速めた。ただでさえ静かな病棟にその足音は騒音と呼んでも差し支えないほど響く。