【前回の記事を読む】バイクで暴走し、パトカーに追われて自爆した青年…心肺停止から目覚めると、いつの間にか“還暦前”の男性に…

オレとボクの秘密

三月八日

恵一 はいはい。ったく、シラけるぜ。えらい違いだよな。オレは羽田の生まれ。もちろんひとり者だ。行きつけは環八沿いの「ラーメン辛味」だ。

あんたたちみたいな上級国民は知らんだろうが、おいちゃんとおばちゃんで細々とやってる渋い店だ。

そこから路地を入ったところの鉄工所の跡取りだった。姉ちゃんいるけど、嫁いで埼玉の越谷だ。工場はおやじが死んで廃業。オレは葛飾の工場(こうば)で溶接やってる。

母ちゃんも姉ちゃん頼って越谷に行った。これまで何度も警察の世話になったが、まあ鑑別止まりだ。中途半端だな。昔の仲間とも離れた。楽しみはバイクだけだ。

由起夫 なんか格好良いですね。尾崎豊の世界だなあ。

恵一 オッサン、よく分かったな。尾崎の歌は、オレの精神安定剤で生命維持装置だ。今度カラオケでも行くか?

由起夫 カラオケ。……行ったことないのです。

恵一 へえ、そんな奴がいるんだ。

由起夫 だって、恥ずかしくないですか?

恵一 何が恥ずかしいんだ?

由起夫 いや、ちょっと言いにくいな。でも、この金髪だと、なんでも言えそうな気分になりますね。

恵一 パンチパーマほどじゃねえけど、そんなパワーは確かにあるな。

由起夫 いやあ、すごいチカラです。でも、あなた、お願いだから、ボクの髪の毛は金髪にしないでくださいね。元に戻ったときに困るから。ボクの人脈に大きく影響します。

それに……髪の毛傷みそうで、見たら分かると思いますが、かなり寂しくなってきているから大事にしてほしいんです。あっ、話が逸れてスミマセン。言いたかったことは……マイク握るとみなさん自分に酔っているみたいで。あはっ、言っちゃいました。

恵一 この野郎! 上級国民はそんなこと考えてるのか!? 下々のオレたちは、カラオケ歌うときくらいしか、自分にウットリなれないんだ。それのどこが悪いんだ。可愛いくて切ないじゃねえか。

由起夫 こんなこと言ったら、日本中のカラオケ愛好家を全員敵に回しますね。

恵一 あんたみたいなのは、指名手配されるぜ……この顔にピンときたら一一〇番。

由起夫 この顔がですね。

マリが花瓶を持って帰ってくる。

恵一 マリ!(号泣)

マリ えっ?