【前回記事を読む】一人で逃げれば助かったかもしれないのに…発見時、祖父は私を抱えたまま床に倒れていたらしい。最後まで、私が煙を吸わないように…

Case:B 元・医者の選択

「課長も思ったより人間くさいところがあったんですね。門前払いを食らったり警察を呼ばれそうになったりって聞きましたよ」

「俺も若かったんだよ」

数日後、もはや恒例と化した給湯室での密会中に葵は課長を問い詰めていた。

「それにしても……よくもまぁ、あんなでまかせをベラベラと言えたもんですね、課長。良三さんと知り合いだとか、言伝を預かってるとか、自分の子どもが読まなくなったから漫画を養護施設に寄付したとか。少なくともブラックジャックは景浦さんが託したものでしょ」

「さすがにバレたか」

「そりゃそうですよ。でも課長がそこまで若菜さんに入れ込むなんて意外でした。今はドライですし」

「昔の話だからな。今はさすがにそこまで踏みいったりはしない」

「どうしてです? そっちのほうが人情味があって良いじゃないですか」

「ただでさえ忙しいのに一個人に関わりすぎてると時間がいくらあっても足りないんだよ」

「あぁ、そういう……。なんだか世知辛いですね。死神を求めてる人は大勢いるのに、肝心の死神が人手不足で事務的にしか対応できないなんて」

「仕事に置き換えれば分かりやすいだろう。俺たち死神は下請けの製造業だ。発注先の大手企業、つまり俺たちを呼ぶ人間は下請けの事情なんぞ知ったことじゃない。とにかく自分たちの要求を飲んでくれとせっつく」

「じゃあもし、もしもですよ。もしも景浦さんや若菜さんと出会ったのが十年前でなく今だったら……」

「少なくとも俺は若菜さんへの接触は避けていただろうな。命を差し出された人へのケアや援助もしていない」

若菜は葵と話をした時、酷い火傷を苦に一時は自殺まで考えていたと言った。間接的とはいえそれを防いだのが課長であり、元々の若菜が抱いていた医者になりたいという道を繋いだのも課長だ。

「死神は……みんなそんな感じなんですか」

「そんな感じ、か。もっと具体的に言ってもらえると助かるんだがな」

「そう言われても難しくて……」

「もう子どもじゃないんだ。少しくらい大人としての自覚を持ったほうがいいぞ」

「はーい……」

「はいは伸ばさない」

こんな風に注意されるのは小学生以来だ。他の上司や先輩の前では気を付けているが、葵は課長の前だとつい距離の近い態度をとってしまう。

(年上が相手でも親やイトコにはタメ口や砕けた態度で接するのと近いのかな、多分)