【前回記事を読む】全身酷い火傷を負ったのに、顔だけ綺麗なままの理由…火があがる孫娘の部屋に駆け込んだ祖父。“顔だけでも”守り抜き、そして…
Case:B 元・医者の選択
葵は考えた。もしも自分に子どもや孫がいたとして、その子たちが火事の現場に取り残されていたと知ったら、私は我が身を顧みずに助けに行けるだろうか、と。
(きっと、世の中の親は迷うことなく突っ込むんだろうな)
分かりやすい例が水難事故だ。溺れた我が子を救おうとして結局自分も死んでしまう。毎年夏になると嫌になるほど聞くニュースだが同じ事故が後を絶たない。
「きっと、祖父も冷静でなかったんだと思います。冷静になれと言うほうが難しいですし。そもそも意識を失った人間を痩せ細った祖父が連れ出すという時点で無理がありますから」
「そう、ですよね……」
「ですが祖父も最後まで諦めなかったことだけは間違いないと思います」
「というと?」
「私と祖父が消防の方に救助された時の体勢です。私は机に突っ伏すようにしてうたた寝をしていたのですが、消防の方が言うには、祖父と私は寄り添うように床に倒れていたと」
若菜はしばらく口ごもり、唇を舌で舐めた。
「私は……私の顔だけは火の手から逃れるように祖父に抱き抱えられていたそうです。私があれ以上煙を吸わないよう、服に顔を押し当てて、絶対に離すまいと強く、強く……」
「そんなことが……」
痩せ細った老体で若菜を抱えて脱出することが不可能だと判断した良三は何を思ったか。一人ならまだ助かる可能性があったにもかかわらず。