「その話を聞いてからは、火傷を苦に自殺まで考えた自分がひどく情けなくなったんです。このまま死んでしまったのでは自らの命を擲った祖父に合わせる顔がないですし、人生から負け逃げするのも……なんだか恥ずかしいなって」

「……すごいです」

「そうですかね?」

「いや、その……自殺を考えるほどたくさん辛い目に遭ってきたのに、今はこうしてお医者さんを目指して頑張ってるじゃないですか。だからすごく立派だなぁって……」

「そんな……私は人に立派だと思われるような人間じゃないですよ」

そう言って若菜は胸の前で手を振りながら慌てて訂正した。おまけに恥ずかしそうにしている。

「あの、葵さん。笑わないでくださいね?」

「は、はい?」

「さっきはそれらしい理由を並べましたけど、本当はもっと単純なんです」

「単純、というと?」

「えっと、その……私、医療漫画に影響されたんです」

「医療漫画……。医龍とかDr.コトー診療所みたいな?」

「それと、祖父が持っていたブラックジャック、です」

その名を聞いた途端、葵の背や腕に鳥肌が立った。ブラックジャックは巨匠・手塚治虫の不朽の名作。景浦の自宅にも単行本があり、入り浸る良三がしょっちゅう読んでいたという、あの。

「ウチは貧乏でしたから漫画や小説なんて滅多に買ってもらえなくて、人に借りるか図書館に行くしか読む手段がなかったんです。でも火事に遭ってからは出かけたり人に会うのが嫌になっていたのでその機会も失われちゃいました。それに、ブラックジャックはもう何十年も前の作品ですから友達で持ってる人なんて全然いませんでしたし……」

「それじゃあ読む機会はどうやって……?」

「あの人が児童養護施設に寄贈してくれたんです。『暇だったら読んでみるといい。ウチの子はもう読まなくなってしまったからね』って」

あの人。言うまでもなく課長のことだ。しかし課長は独身である。

(話を合わせるために適当な嘘を吐いたのかな)

「はじめはほんの暇潰しのつもりでした。でも読んでいくにつれて、ブラックジャック先生が私にとても似ていると思ったんです」

「それは皮膚のこと、ですか」

「えぇ。事故で親を亡くしていることも、ね」