前頭前野背外側部
「前頭前野」は前頭葉の前方部分です〔図3〕。そのなかでも前頭前野背外側(はいがいそく)部はこめかみの上あたりに位置する部分で、霊長類、特にヒトで著しく発達しており「人間ならでは」の存在といわれています。
前頭前野背外側部では痛みの認知(意義の判断)、疼痛関連行動(どうふるまうか、他者にどのように表現するか、など)の決定、社会的意義(痛みを訴えることで自分は他者にどのように評価されるか)の認識など、ヒトならではの高度な処理が行われていると考えられています。その点において前頭前野背外側部は会社組織における《全体統括部長》のような存在です。
前頭前野背外側部がもつ認知機能は痛みの抑制に働くことも場合もあります。痛みの生物学的、社会的意義を無意識にあるいは意識的に判断して痛みが抑制されると考えられています。疼痛科学的には前頭前野背外側部から中脳中心灰白質に向けての下行性抑制機能が働くことが知られています。偽薬(プラセボ)効果というものがあります。
プラセボ(外見や味はまったく本物と変わらないが鎮痛成分をまったく含まない)を服用しても痛みが弱くなることが知られています。プラセボが疼痛抑制効果をもつメカニズムとして、前頭前野背外側部による「鎮痛効果への期待」が下行性抑制系を賦活すると考えられています。
慢性痛患者さんでは前頭前野背外側部の体積の萎縮が報告されています。前頭前野背外側部はヒトならではの存在であり、痛みの「最高次の処理」が行われている場所です。
大脳皮質〜痛みの知覚の主体?〜
大脳皮質は大脳《本社》における《部長》のような存在です。大脳皮質は進化的な古さから、順に「古皮質」「中間皮質」「新皮質」に分けられます。側頭葉に存在する扁桃体と海馬は古皮質に分類されます。本書では古皮質は《部長》扱いはせず、課に“格下げ”して説明しています。
前帯状回と島は中間皮質に分類されます。前帯状回と島前部は痛みの情動処理を担当する《古参部長》であり、島後部は痛みの空間処理を担当する《古参部長》です。腰痛の場合はおもに島《部長》が空間処理に当たっているようです。
頭頂葉感覚野と前頭前野とは新皮質に分類されます。頭頂葉感覚野には体組織感覚(おそらく皮膚感覚や姿勢)が処理されています。前頭前野腹側部と前頭前野眼窩部は情動処理《部長》のような位置付け。前頭前野背外側部では痛みの認知面を処理しており、《統括部長》のような存在です。

1 空間定位されるのは感覚(五感)だけではない。実は、ある種の情動も空間定位される。
たとえば「不安」は胸に、「怒り」は腹に、「恐怖」は背に空間定位される傾向がある。情動の空間定位とその生物学的意義はほとんど研究されていないテーマだが、脳幹- 視床下部系、自律神経系の機能と関連して研究してみたいテーマである。そして、私たちの「自己意識」も空間定位される。
私の場合は頭に「自分」があるように感じるが、みなさんはどうであろう。「自分」が腰、股、足に存在していると感じる方はおられるだろうか。
2 こうした記憶は大脳皮質や海馬に蓄えられている。
3 運動の主体(=意思)は脳にあり、感覚の主体は脳以外の事物にある。このように私たちの心が解釈しているからかもしれない。
次回更新は8月2日(土)、8時の予定です。